始期07
けたたましいサイレンが鳴り響く。
この施設内の全エリアでこの警報はなっている。
「お越しのお客様及び職員は速やかにこの施設から避難してください。これは訓練ではありません。」
という放送も入った。
「奴賀井さん。これはまずいでしょう。」
少々顔に苦笑いを浮かべながら、
「どうするんです?これ。」
そう言ってみた。
「まあ、君にこれをどうにかしてもらうために来てもらったんだよ。うん。」
この初老の男性は何を考えているのだろうかと。
そう思った一夜だった。
現在、一夜たちはとある隔離ブロックの一室へと来ていた。
ここに保管されているのはドイターの所有物の中でもかなり貴重なものだ。
それの一つに非常にまずいものが入っているのだ。
今回それが、”起動”してしまった。
「奴賀井さん。逃げたほうがいい。ここまでとは思わなかった。」
「そうか。もう視えたのか。」
正確には見えるわけではない。
イメージがぼんやりと浮かぶのだ。
今回の場合は、あまりにも大きな力だったのでそれが容易に感じられた。
こんな力もどうにかすることのできるGOという存在には、
”世界をも変えうる力がある”
奴賀井はそう考えていた。
「さあ。イチヤ君。いいよ。狩りを始めてくれ。」
「この施設がどうなっても保証はできないんですが、いいですか?」
「構わないよ。それでこの騒ぎが収まるならね。それと、捕獲出来たらそのまま持って行ってくれ。ここに置いておくのは危険だしね。」
「わかりました。それじゃあ、始めますね。」
そう言って、一夜は走り出した。
200m位走ったところだろうか。
10m先に”それ”が姿を現した。
刀を持つ”亡霊”
そう。
夏の暑い日に見られる陽炎のようなものを鞘から発している。
が、持っている者の姿はない。
まるで刀が勝手に動いているようにも見える。
だが、持っているものは確実に存在する。
近くなると余計に視える。
黒いオーラを纏った何かがそこにはいる。
「これが、”あれ”の本当の姿か。」
カチャリ...
刀が鞘から抜刀された。
「どうするかな。」
次の瞬間。
刀は動いた。
地面を蹴った音がしたと思うと刀はもう目の前に迫っていた。
「おっと!」
一瞬で間合いを詰められて、少し驚いた。
踏み込む気配と同時に左半身を引き、踏み込み上段切りを回避する。
左耳の近くを刀が空を切る。
切り上げ、横なぎ、次々と繰り出される動きに少しづつ対応していきながら、
一夜も攻めの構えを見せる。
何度目かの切り下げの隙をみて、一気に20m程の間合いを取る。
そして一夜は、右手の拳を掲げた。
「ここらで使ってもいいよな。」
一夜は少し迷ってから、こう発した。
「”模倣制限解除”、”移動物操作”」
次の瞬間。
開いていた刀との間を一蹴りで詰め、刀の柄に触れる。
「ッ!」
音にならない苦しみが伝わってきた。
「これでも落ちないのか。」
刀をベクトル変化で落とすために、直接触れてみたが落ちなかった。
再び間合いを取った一夜は、この刀に対する認識を間違っていたことに気づいた。
この刀はもともと強いのだが、それだけでない。
何かに憑いている。
それが、この工房にある物か、あるいは霊の類かはわからない。
実体がないので霊である可能性が高いが、いったい何に憑いているのだろうか。
「奴賀井さんも、なんてものをここに置いてるんだ。」
刀を保管していてくれたのはいいが、実体のないものに憑かせておいてくれなどとは一言も言っていない。
迷惑な話だ。
「とりあえず、片づけて帰るか・・・。」
一夜は、仕方なく?
(もとより使う気でいたのか)奥の手を使うことにした。
「”模倣制限”。」
右手をもう一度掲げ今度はこう発する。
「”模倣制限解除”、”悪魔”」
一夜の右手には慎重と同じくらいのが握られていた。
今度も一瞬だった。
間合いを詰める、切る。
だが実体はない。
「刀を持つしかないな。」
ここでやっと”それ”がどういうものなのかが視えてきた。
右の手にある薙刀を構え直し、間合いを詰め、刀の腹があるであろう部分を思い切り薙いだ。
「今!」
刀に手の届く距離まで踏み込み、今度は柄に触れるのではなく
”掴んだ”
左手でつかんだ刀は、
「ッ!!!」
また音にならない悲鳴をあげた。
しかし刀も意地になって手を振りほどこうとする。
ここで、一夜は悪魔の名を告げた。
「” ”」
あれほどまであふれていた黒いオーラが静まっていく。
とりつかれていただろう霊体も虚空へと消えていくのがわかる。
オーラは刀本体に纏わりつくものだけになった。
うまく収まってよかったと一夜は安どのため息つく。
「”模倣制限”」
能力を解除し、刀を拾った鞘に入れる。
これで、今日の任務は終了。
理実たちには待たせてしまったと、申し訳なく思う。
「奴賀井さんには、明日報告しよう。」
奴賀井さんに報酬もせがむことくらいはしてもいいんじゃないかと思った一夜だった。なんせ工房の壁に傷一つも付けずにことを収集できたのだから。
刀を持ってきていた風呂敷に包み、ロビーの方へ、友達の待つところへ向かう。