始期05
「奴賀井さん」
「おう、よく来たな」
工房のロビーに座っていたのは、今日会いにきた工房長の「奴賀井さん」だ。
この人が工房の創設者だ。
この工房は、ドイターの備品などをあつかっていて裏では武具の調達や訓練のための資金提供なども行っている。
いわゆるスポンサーだ。
工房と言っても武器をメインに作っている訳ではない。
冷蔵庫やパソコンなどの家電製品をはじめ、歯ブラシなどの日常製品を作っている。
作っているものの種類が豊富なこともあり、ユートピア内での工房製品の普及率はほぼ100%だ。
「すぐに持ってこさせよう。私の部屋に来てくれ」
「わかりました」
一夜と、その他2人は奴賀井さんのオフィスに連れて行かれた。
「コーヒーで良いかい?三人とも?」
「おかまいなく」
一夜は何度かこの部屋に入った事があるが未だに慣れない。
置いてあるものが 普通では無い。
庶民では手の届かないような品々が並んでいる。
ユートピアにも高級なブランド物はあるが、
その中でも手に入らない貴重なものが多い。
もともとお金持ちの家に育ったはずのリネルだが、
珍しそうに見ていた。
このコーヒーのカップだってそうだ。
「ありがとうございます」
コーヒーのカップを受け取ると一夜以外の2人がまじまじと模様を見つめていた。
「奴賀井さん。また増えたんじゃないですか?」
「いやあ、どうしてもやめられなくてね。この趣味だけは無理だよ」
奴賀井さんは棚に置いてある、透明なオブジェを手に取って撫で始めた。
「まあ、あなたのお金ですから好きに使ってもらってかまわないんですがね」
あきれたように一夜が言うのも納得できる。
この人にふたつ名をつけるのならば『金の亡者』だろう。
ユートピアのものだけでなく裏市場で買った地上の骨董品などもある。
「そうそう、僕は、これだけが楽しみだからね」
そんな骨董品のせいでただでさえ面積の狭いオフィスがさらに狭く感じてしまう。
奴賀井さんは持っていたオブジェを棚に戻しながら、少し声色を変えて話しかけてきた。
「一夜くん。そろそろ本題に入ろうか」
「ええ。そうしましょう」
一夜も手に持っていたコーヒーカップをソーサーに戻して、ソファーに座り直した。
「他の2人は少し部屋を出ていてくれるかい?一夜くんと話がしたいのでね」
「わかりました」
「わかったわ」
2人は2人は足並みをそろえて部屋の外へと出て行った。
奴賀井さんも一夜の向かいにあるソファーに腰掛けた。
「一夜くん。やはり”あれ”を渡す訳にはいかない。もう一度考えてくれないか?」
そんな事を言いながら頭を下げてきた。
大事な話の一言目がお願いだとは思わなかったので、さすがに一夜も少し驚いたようだった。
ひと呼吸置いて今度は一夜が話し始める。
「奴賀井さん。これはユートピアの存続に関わる話ですよ。その事についてはドイターともう既に決着が付いているはずですが?」
そうなんだが、と奴賀井さんは少し困った顔をする。
このことについてはどうにもならないのを知りながら2人は話を進める。
「あれにはまだ未解明の部分が多すぎる。危険だ」
「何かあったんですか?」
ここに至るまで今回の案件については何度も話をしてきた。
一夜だけでなく、ドイター本部から所長である理実の父親や担任であり上司である三島大尉なども幾度がここに来て話をしている。
今回はドイターに新たな備品を納品するだけの簡単な任務であるのだが、一夜にしかこなす事のできないものでもあった。
「先日、”あれ”に奇妙な事が起こった。私たちには”あれ”を触る事が出来ないから対処しようがなくて、そのまま部屋を封鎖した。
それから一日たってその部屋を開けてみると、何も無かったんだ」
「何も?とは?”あれ”も無くなっていた、と言う事ですか?」
この部屋にある入り口以外のもう一つの部屋を指差して、
ここからは実際にあっちを見た方が良い。
と、言われたので2人で隣にある研究室へと入って行った。
何枚もの扉をくぐり、最後の扉を開けたとき一夜は見た。