雪に咲く百合の花
冬が、終わることをやめた。
人々がそれについて騒ぎ立てるのをやめたのは、いつからだろうか。
去年の夏ごろ、7階建てのビルがすっぽりと雪に埋まった頃ぐらいに、ニュースでは降り止まない雪の事をを言わなくなった。なぜなら、なぜならそれが当たり前になったから。
冬が終わらない理由も、なにもかも結局わからないまま、醜い町並みも、美しい町並みも、すべて雪に埋もれ、その重みでつぶされた。
それから1年がたった。
私は雪の上に造られた舟のような家から出て、中学校へと向かった。
昨日は大雪だったけれど、今日はこれ以上ない青空。白雪面に映された空気は鋭く澄んで、私の目をチカチカさせた。
「桜ちゃん!」私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
筏のように置かれた「道」を、友達のカレンちゃんはトットットと走っていき、そして、つるんと滑って落ちた。
ボスッという音とともに、雪に真っ黒い穴が開く。私は背筋が凍った。
穴を覗くと、きょとんとした顔で、意外と深くないところで雪に埋もれてるカレンちゃんが見えた。ほっと、胸を撫で下ろす。
「カレンちゃん、周りの雪が崩れないように、一段一段階段を作って上っていけばいいんだよ」
私は手を伸ばしながら言う。カレンちゃんはせっせと雪の階段をつくり、のぼり、つくり、のぼり。
カレンちゃんが私の手を握り、引き上げようとしたとき、筏がまるで船のように横転した。私とカレンは絡まってそのまま雪の中に落ちる。
雪は冷たい。カレンちゃんは暖かい。しばらくもつれ合ったまま、時間が過ぎた。はっとして、気まずい空気になりながら、わたしはカレンちゃんと雪上に這い出て、近くの道まで泳ぐようにして行った。
カレンちゃんは時計を見て、言った。
「一時間目の授業、もう始まっちゃった」
「ホントだ」私は返す。「ホントだね」カレンちゃんも返す。
なんだか胸の中がむずむずして、クスクスと笑い、大声で笑いあった。笑い声は空気を伝い、雪に吸収されて静けさだけが残った。笑い声が結晶となって、雪面がキラキラと光る。いつまでも続くその白い景色は、確たる意味も持たず、ただそこに存在していた。
「体もぬれちゃったし、一緒にお風呂に入ろうか」私はカレンちゃんの目を見つめる。
カレンちゃんは少し恥ずかしそうな顔をして、コクリと頷いた。
・・・家に帰ったら薪を焚かなきゃいけないな。学校に着くのは何時ごろになるだろう。
カレンちゃんが、まじめなカレンちゃんが柄にもないことを言った。
「学校、サボろっか」
別に、5,6時間目にも出れるけど。そう言おうとした言葉を飲み込んで、「私はそうしよっか」と言った。顔が照れてただろうか。なんだか恥ずかしくて、顔をそむけた。
先生には怒られるだろうな。担任はそういうのにすっごい厳しいし。そう思うと、なんだかワクワクしてきた。
ひっくり返されていた筏道を元に戻した。
「カレンちゃん、いこっか」
私は黙ってカレンちゃんの手を握った。雪の中にまた落ちないように。落ちたとしても、一緒に落ちれるように。