物語が始まろうとしている話
「百合ちゃんかわいいわあ!」
百合ちゃんは色が白いから、絶対公立高校の紺のセーラーのほうが似合うと思って、圭斗くんにはなんてことしてくれたのよってちょっとだけ怒ってたんだけど、茶色のブレザーもお人形さんみたいでかわいいわあ!
家の前でパシャパシャと私の写真を撮る母に若干ひきながらも、ありがとう、と笑う。
そう、今日は4月10日。
いよいよ運命の入学式である。
「まっちもとーーー!!」
「宮本くん!!」
「こっち!!こっちこっち!!!」
一通り、写真を撮ってもらった後、私はスーツを着た母と一緒に学園のある最寄駅へ向かった。
駅に着くと、そこはもう人でいっぱいで、しかもその7割が同じ制服に身を包んだ学生と華やかに着飾った親たちであった。人ごみに流されそうになりながらも、母の手をつかんで、視線をきょろきょろさせると、駅前の広場の噴水の横で高等部のブレザーを着た宮本くんが手を振っていた。
「なんか、すごく人が多いね。これ全部入学生?」
「ちがうちがう!!あ、いや、違わないけど。」
全員一年生だよ。もちろん小学校、中学校、高校のだけどな。
そういって指さした先には、確かに中等部の制服の子や、ランドセルをかるった子も何人も混ざっていた。
とはいってもやはり多いのは、私や宮本くんと同じ形のブレザーを来ている高校生で、つまり、中学から高校へ上がるときに外部生が格段に増えたということを表していた。まあ、もちろん私も含めてだけど。
「そんなわけで、4分の1?いやもうちょっとだな、3分の1は外部から一般入試で入ったやつらだから、そんな気負わなくて大丈夫だぜ?すぐ友達出来るって!」
「大丈夫。全然余裕」
「だろうなあ。町本ってそんな奴だよ」
いやあ、昔の俺、顔に騙されてたわ。緊張なんてしないタイプだもんな。
「メール半年もしてりゃ、もうその美人面に騙されねえぞ」
けらけらと笑う宮本くんの無防備な背中に、私は、うるさい!とそういって、軽くパンチを入れる。ちょっとしか力をいれていないのに、大きくよろめいたふりをする彼に、大げさー!と言って、私も笑った。
はい、ごらんのとおりです。完全に友情です。
どんなに恋愛アタックしても、この世界の創造主が私の邪魔をして一向に仲が深まらないので、もうなるようになってしまえと、いろいろなことを考えずに、普段のテンションで彼とメル友を続けていたら、この世界の理通り、こんな結果となりました。涙が出ます。
「あ、そうだ、写真撮ろうぜ!写真!」
「私の?しっかたないなあ…。一枚千円ね」
「なんでピンなんだよ!!ナルシストかっ!!」
ツーショットに決まってんだろ?おふくろと弟たちに彼女でーすっていってだましてやるんだ。
「ほら、こっち。」
そういって、私の腕をつかんで引き寄せ、肩に手を回し、カメラの自撮り機能を立ち上げようとする宮本くん。
……これ、これなんですよ。私がホントはこんな友達関係嫌なのに、それでも抜け出せない理由は。
宮本くん、仲良くなれば仲良くなるほど、すごく距離が近くなる人なんです。メールでも冗談で恋人ごっこなんかよくするし(後でむなしくなるけど)、映画とか遊びに行くと大抵普通にカップル割とか使っちゃうし(確かにそっちの方が安いけど!)。
私の告白まがいの言葉が無視されるのは変わらないけれど、彼が冗談でくれるドキドキが、私を泥沼のように放さない。つくづく報われない恋をしているのです、私は。
「百合ちゃん。お母さんがとってあげましょうか?」
「うぎゃあああああああ!!!」
ため息をついた途端声をかけられて、完全に忘れていた母の存在を思い出し、私は宮本くんを突き飛ばして後ろを振り返る。
ああ、すごく、素敵な笑顔だ。まるでオモチャを見つけたようないきいきとした顔。
「あなたが宮本由貴くんね!初めまして!百合子の母の町本桔梗です」
余所いきモードでふわりと笑う母に騙されて、宮本くんは、あわててあいさつし返す。
「宮本くんは入試の日からずっと仲よくしてくださってるって聞いたわ。ほんとうに面倒見のいい優しい子なのね」
「いやいや、百合子さんが僕みたいな凡人と仲良くしてくれてるんですよ。ほんといつもたのしい人で」
「うちの子、顔はいいけど、なんというか、猪突猛進?であと、むだに勝負師なところがあって、あぶなっかしいから、宮本くん見ててあげてね」
「はい!頼まれました!」
「~っ!!もう!!ふたりともっ!!!」
にやにやと私のほうを見るふたりに、私は、力なく声を上げる。だめだあ、勝てる気がしない…。
「…お母さん…。もう写真、はやく、とって…」
「あらあら。ふふっ」
「~っ!!笑わないで!!!」
一刻も早く、宮本くんとのツーショット写真が欲しいという私のあさましい気持ちなど母にはバレバレのようで、口角が上がりっぱなしの彼女は、本当に楽しそうな声色で、シャッターを切った。
じゃあお母さん、もう会場に行くわね!あなたは後から宮本くんと二人で仲よくくるのよ~!
そう耳元でささやいて、私を朝からがっつり疲れさせた母は、軽やかなステップでその場を立ち去った。
「お前のおふくろさん、めちゃくちゃ若いなあ」
「10年前の写真と変わってないからね…」
「うそお!?」
「あの人、美魔女じゃないから。魔女だから」
「じゃあ、町本の性格は母親譲りか…」
「ちがうわっ!!……っ半分は違うわ!!」
私はあの人ほど無敵の女王様じゃない!そう言い返したら、はいはい知ってますよと、彼が私の頭をポンポンと叩く。
「町本は考えてることすぐ顔に出るもんなー!」
「なっ!」
「あとすっげえ照れ屋」
面接の日の帰り道のあれなあ。顔真っ赤にして可愛かったもんなあ。いやあ、あの時の町本はめちゃくちゃかわいかったなあ。
「あれはうっかり惚れるとこだったぜ!」
「………じゃあ、好きに、なってよ」
入学式の会場へ向かう彼の背中にどんな言葉を語りかけても、世界はそれを叶えてくれない。