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とある姉妹の趣味の話

王道少女漫画のセオリー、というものをご存じだろうか?


ヒロインは大抵普通の女の子で、ある日突然学校内で有名なイケメンから「はっ。低俗な女だな」などのような暴言を吐かれるところから物語は始まる。上記のイケメンのセリフ例は、イケメンの属性が俺様系お金持ちタイプの場合の一例であり、そのほかにも、もう女の子にもてることに対して飽き飽きしているタイプのイケメンの場合や、反対にTHE・プレイボーイ系の女の子大好きイケメンの場合には、それぞれの人となりに見合ったセリフが展開されることが予想される。さて、このような暴言に反発したヒロインは、学校という狭い社会の中で周りの女子たちの嫌がらせや、イケメン本人からの絶え間ない連続攻撃と戦っていくというストーリーが展開されることとなる。その過程において、ヒロインにとってかけがえののない友人が出来たり、一緒に支えてくれる仲間との青春を過ごしたりとひたむきに学校生活をなんとか送ることとなるのだ。対してヒロインのことを馬鹿にしていたイケメンは、その一生懸命な彼女の姿に無意識のうちに引かれていき、またヒロインのほうもいじわるで邪魔でしかなかったイケメンの不意の優しさに心を奪われ、だんだん好きになっていってしまう。その後、ヒロインをずっと支えてきた仲間の男友達とイケメンが恋のライバルになったり、イケメンの婚約者(これはお金持ちヒーローの場合)や元彼女、初恋の人とヒロインが修羅場になったりと様々な困難を経て、最終回で二人は幸せに暮らしましたとさめでたしめでたし、という流れが古今東西どこにでも通用するシンデレラストーリーを踏まえた少女漫画における一通りのテンプレである。



さて、ここからは、この流れに対する、私の個人的意見を述べたいと思う。

もし、私がヒロインだったら、たとえ、何があって、槍が降ろうと、天地がひっくり返ろうと、絶対に、もう絶対に、こんな口も性格も態度も悪い顔だけ男になんて惚れたりしない。

少しやさしくされたから?いつもと違う一面にきゅんと来た?強気な俺様タイプが自分にしか見せない弱気な笑顔にギャップ萌?


「意味が解らない…」

「お姉は昔っから断固当て馬至上主義だもんねー」


自室で本棚の整理がてらに私は自分のコレクションの少女漫画を読み返しながら、常々感じていることを口にした。その独り言に対して反応を返してきたのは相部屋の私の妹であり、彼女は握っていたゲーム機のコントローラーを振り回しながらけらけら笑いこちらに振り向いた。



「だって山本君のほうが明らかに優しいし、大人だし、美奈子とも話合うし、であったとたん喧嘩なんて吹っかけてこないし、過去の女性関係超クリーンだよ!?それに比べて二条のやつはさ!!子供だし、バカだし、会うたび上から目線だし!!極め付けにはまだ初恋吹っ切ってないってどういうことよ!?」

もう何度出版社と先生宛てに『美奈子と山本君をくっつけてください。じゃないともうコミックスも月刊誌も書いません』って送りつけようかと思ったか…。ぎりぎりを爪を噛みながら私のバイブルである少女漫画の最新刊を握りしめると、妹は苦笑しながら口を開いた。

「その山本君や美奈子さんがどこぞの誰かは知らないけど、でもメインヒーローは私の中じゃ最萌だと思うなあ。その二条君とやらって、あれでしょ?『初ラブ!』の九軒くんタイプでしょ?初めは印象悪くってもあのあほかわいいところとか、俺様からヘタレに変わる瞬間とか、初恋の桜さんとけじめつけるシーンとか、そのあとの全校生徒の前での公開告白とかもうべったべたで滾ったもん!!!」

「…『初ラブ!』って…何?また乙女ゲーム…?」

「またって何よ!!お姉だって少女漫画オタクじゃん!!私が乙女ゲーマーで何が悪いっ!!」

「いや、あんたは乙女ゲーマーというか、…廃人乙女ゲーマーじゃ…」

「うーるーさーいー!!!」


ふんだ!!お姉には一生このキュン死ゲームの魅力はわかるまい!!これはね!恋人エンドのシナリオも神だけど、友情エンドも失恋エンドもどのルートも名作って言われてるこのゲーム会社きっての最強のときめきゲームでね!!というか九軒くん!メインヒーローがもうホントたまんないの!!超王道の俺様ヘタレっていうか…ってお姉!!聞いてる!?聞いてないでしょ!!お姉ってばあ!!!

後ろでマシンガントークを始めた妹に見切りをつけて、私はため息をつく。

皆さま、今の会話で十分察するように、私と妹は、趣味嗜好が似通っているようで全く異なっているめんどくさい姉妹なのだ。二人とも乙女思考で恋愛の話なんかが大好きなのは同じはずなのに、はまったサブカル媒体が、私は少女漫画、妹が女性向け恋愛シュミレーションゲーム、いわゆる乙女ゲームなのである。しかも好きなタイプ、はまるキャラも二人して全く逆で、私はいわゆる友人代表の目立たないふつメンのいい人系か、当て馬タイプのヒロインを陰で支えてくれるまっすぐで優しい人が好きなのに対し、妹はTHEメインヒーロー、THEイケメンの俺様何様王子様タイプにいつも熱を上げている。

私の本棚の少女漫画のヒーローも大半がそんなタイプなので、一度だけ「こんな男が好きなんでしょ」とお気に入りの一冊を貸してみたところ「いや、確かに私は俺様系が一番好きだけど、他にも不思議系ゆるふわ美人とか、女好きの先輩キャラとか、甘やかしてくれるお兄ちゃんタイプとか、素直な後輩がいないと読む気になれないというか…。その前に一人としか恋愛できない時点でなんかその媒体終ってるというか…」と少女漫画派の私に明らかにケンカうってるとしか思えない答えが返ってきたため、もう二度とこいつには私のコレクションは貸しまい、と心に決めたのはいい思い出である。


「お姉!これ!見て!!これが私の九軒くん!!」

「いや、あんたのじゃないでしょ」

「私が買ったゲームソフトの九軒くんだから私の九軒くんなの!!で?どう!?かっこいいでしょ!!」

いつの間にか、説明書を手に、キャラクター紹介のページをこちらへ向けてきた妹にため息をつきながら、仕方がないのでそのページに目をやった。

「…ああ、立ち絵から漂うナルシスト臭がイライラするわあ」

「ぶー!!」

「だから私は俺様苦手だって言ってるじゃん…」

「じゃ、じゃあ、他のキャラは?久永くんは?六ッ見先輩は?圭斗さんは?良太は?」

「…全員、顔輝きすぎじゃない?」

「そりゃあ他のモブと差をつけるためにね!イケメンの立ち絵が来たら攻略キャラだと思え!」

「何その法則…」


押し付けられた『初ラブ!』のパッケージと説明書。なんとなくぱらぱらとめくっていると。私の指はあるページで止まることとなる。

それは、さっき妹が押し付けてきたキャラクターのページの次のページで、サブキャラクターたちが並んでいる中、私は一人のキャラから目が離せなくなった。

黒よりの茶髪の短髪に、きっちりと規定どうりに着られた制服姿。手帳を口元にあてておちゃめにウインクを飛ばすその立ち絵。


「わ、わたし…、この人めっちゃタイ…「はい残念でした!彼は情報屋キャラです。友人代表です。攻略できません!」ちっくしょう!!!!」

床に崩れ落ちた私を指さしながら笑う妹をにらみつけて、私は今日一番の大きなため息を吐いた。






そうなんだよ。

私が好きになるキャラはいつもヒロインとは幸せになれない人ばかり。


当て馬キャラはどうあがいてもヒロインとヒーローの間に立つことなんてできないし、非攻略キャラなんて初めから恋愛することすら予想されていない。どんなに私(読者)が応援しても、彼らはヒロインとは結ばれない運命にある。幸せになってほしいのに。幸せにしてあげたいのに。



もし私がヒロインなら、絶対にあなたを選ぶのに…。



「…宮本…由貴…くん」


苗字も名前も平凡なそのお助けキャラは、私の心をとらえて離すことはなかった。

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