一宿一飯の恩7
異世界のキセルは、まんま煙管だった。
雁首、羅宇、吸い口。小さな木箱に入っている刻み煙草は細く長く、丸めやすくて火皿に詰めやすい。どこの日本人がこれをこの異世界に広めたかは分からないが、素直にありがとうと言おう。
ジェイクのおっさんが気を使い用意してくれた、天幕入り口横の小さなテーブルに椅子が二つの喫煙スペース。二人で煙草を燻らせていると、服が届いた。
「ありがとうございます」
言いながら服を受け取ろうとすると、恭しく片膝を着いて差し出される。苦笑いしながらもう一度礼を言って、服を届けに向かう。
「ありゃ。寝ちまってんのか」
「服、届けてもらえたんだ。ありがとう。お腹いっぱいになったらぐっすり。だっこしてるのと着せるのどっちがいい?」
「当然だっこだ。それより大神官のおっさんに礼を。俺が取りに行くべきなのに、若い衆が息を切らして届けてくれた」
「それはもちろん。それと、住民登録は受け入れられる可能性が高いって。人頭税なし。土地を持たずに借家なんかで暮らすなら兵役も雑役もなし。一般職なら収入の二割が税、基本給与から天引き。封建制だけど貴族特権なし。諍いあれば複数の天秤神官の前で裁判だから、これに出廷を求められたら断れない。あ、天秤神官は嘘が分かる人達の事ね」
言いながらテキパキと子供の着替えを終わらせる。「どこから見ても仲の良い若夫婦ですのう」てな婆ちゃん。肝っ玉母ちゃんの間違いだろ。
「どこの理想郷だよ」
「ここの理想郷よ。天災もない。飢えもない。子供と老人と女が精霊に見守られ、犯罪はすべて未遂に終わる。人口十万の孤立都市、イスタルト」
肝っ玉ママさんドヤ顔である。いいからはよ、おっさんに礼を言え。よし。それでいい。
「理想家が頑張り過ぎて国から疎まれて孤立ね。俺達が致命傷も瞬時に治る不老不死って話が本当なら、戦争に出るべきか悩むよな。卑怯なんて話じゃ済まねえ」
「戦争なんて絶対にないわ。だって、国がないもの」
「国が、ない?」
「ええ。少なくとも、母様が探知できる範囲に人間の勢力圏はないの。千年以上ね」
「そんな馬鹿な話があるのか?水に食料。植物資源、地下資源。近親交配、進化しない文明が千年も続いたら退廃も極まるだろ」
「そのすべてを、魔法と母様からのアドバイスでなんとかしてきたみたいよ。だから千年ぶりの旅人を簡単に受け入れる」
「お前さんの母親から、俺等に指示はねえのか?」
「何も。ただ幸せになれと。あ、都市を挙げての初孫生誕祭をしろと指示きた」
母も祖母も気楽でいいなあ。
「・・・とりあえず、電源切っとけ」