一宿一飯の恩2
「彼の言葉が分かる者はいるか?」
大神官とか言う人間耳のおっさんの問いに、皆は首を横に振った。
一歩前進、かな。
会話をする気はあるらしい。そして、首を横に振るのが否定の意味だと理解出来たのは大きい。肯定が頷く事で伝わらなかったとしても、否定出来れば意思の疎通は可能だ。
後は、人を指差す行為が非礼に当たるかどうかだが、それを試すのは分のいい賭けだろう。いきなり通じない言語で呼びかけられても、彼らは俺を拘束するどころか不用意に接近しようとすらしない。多少の非礼は許してくれる可能性は高い。
「おーい、そこの兄さんお願いがある」
ああでもないこうでもないと話し合う彼らの中で、一番人の良さそうな獣耳のおっさんを指差して話しかける。それなりに距離が離れているから、結構な大声だ。カラカラの喉が痛い。半日以上、水分を取ってないから当たり前だ。
「俺かよ!?」ってな感じに自分を指差して驚くおっさん。愛嬌があるな。得難い才能だ。指差しが通じたのも嬉しい。なるべく笑顔で、頷きながら手招きを試してみる。
「ジェイク、行って来い。ただし無礼は許さん。言葉が通じんでも、友好的に意志の疎通はしたい。くれぐれも、頼むぞ」
ジェイクさん、緊張しております。ガチガチです。引き攣った笑顔です。両袖を限界まで捲くり上げて掌と甲を俺に見せ、その場で一回転してから両手を真横に広げてゆっくりと近づいてくる。気遣いは素晴らしいが、まるで獲物ににじり寄る熊だ。
礼には礼をで俺も両手を見せ、右手の刀を植え込みの上に置いてから胡坐のまま左に移動する。
大神官が大げさに頭を下げると、皆がそれに習う。熊の瞳がやたらキラキラしている気がするが無視だ。
「はじめまして。ジェイク・カルバイン。帯剣司祭であります」
帯剣してないじゃん、鎧っぽいのは着てるけど、とか言わないでおく。それよりも、司祭という日本語は基督教で使う呼称のはずだ。何故か理解できるこの言語は、意訳されている事になる。ありがたいが、気味が悪いな。
「カイト・シバ」
日本語を知らないジェイクさんが挨拶と名前を勘違いしないように、それだけ告げて頭を下げる。当然、全裸だ。股間も隠していない。ついでに座る位置をずらして背後に何もないのを確認させ、背中にも武器はないぞと見せておく。
「なんと見事な御印。見下ろす形になる御無礼をお許しくださいませ。すぐに、お召し物をお持ちします」
「ありがとうございます。助かります」
股間の物を同性に、しかも大げさに褒められる夢を見ている自分。なんかもう泣きたくなってきた。