一宿一飯の恩1
夕暮れの市場、行き交う人々。
動けない俺。この場所が夢や妄想の類だとしても、全裸で片手に武器をぶら下げて「こんにちはー」なんて出て行けるわけがない。じっと、夜を待とう。幸い、腰ほどの高さの植え込みのおかげでまだ誰にも見つかっていない。
なぜかは知らないが、ときおりここまで届いてくる声の意味は理解出来る。
遠くに見える巨大な壁や城のような建物からすると、ここはかなりの規模を誇る城塞都市だろう。民家らしき建物は石造り、道も石畳。街灯が整備されている気配もない。
夜を待ち、悪さをしてそうなチンピラに肩でもぶつけて小銭をせびろう。全裸で。
植え込みに囲まれた狭いスペースで、全裸の俺に出来る事などそうはない。喉が乾く、腹も減る。トイレも我慢。辛いとか怖いとか思う度に、日本刀の重さを確かめ、柄を強く握って自分を騙す。夜は近い。
「残るはこの市場区画のみだ。草の根を分けても捜せっ」
すみません、ここから見える限り植物があるのここだけなんで草の根分けないで下さい。見つかってしまいます。むさくてごついおっさん達が何を捜してるのかは知りませんがここには怪しくない武装した全裸の青年しかおりません。
・・・詰み、かなあ。
「大神官さまー。あたし達はあの植え込みから東門まで捜索しまーっす」
「ありがたい。許可は出てるから必要なら魔法を使用してくだされ」
へー、魔法あるんだね。さすが異世界。にしても、よりによって若い女の子達かよ。
覚悟を決めるしかないか。刀を没収しようとするなら敵対。市場の逆方向にある東門とやらを押し通る。出来れば穏便に。
卑屈になりたくはない。胡坐のまま背筋を伸ばすと、丁度良く植え込みから上半身を出せた。刀を右手に持ち替える事で、通じないかもしれないが誠意を見せる。
「はじめまして、こんばんはー!こちらの言葉は伝わってますか?」
昨日ぶりのわりには、震えず滑らかに声を出せた。思いっきり日本語で。無理かなこれは。
おっさん十人以上と女の子が四人。一人だけいる黒髪の女の子が日本人ならありがたいが、そんな幸運はないかなあ。