おまけ
「なーご隠居」
「にゃんですかな、直継っち」
しばらくつまみのエイヒレをしがんでいた直継が、ごく、と喉を鳴らしてから呼びかけた。
一方のにゃん太は猫毛で覆われた顔にちらりと薄い舌を一瞬だけ覗かせて、薄く濁りの残る米の酒の味をゆっくり確かめてから相づちを打った。
にゃん太が知り合いの<醸造職人>からもらってきたという酒は、二時間経ってもうほとんどとっくりの底が見えかけている。
現実世界で広く販売されていたいわゆる日本酒とは違い、こうじを使って発酵させただけの熱処理すらされていない生の酒だ、雑菌が繁殖しやすいため長く保存ができない。とはいえ一晩で全て空けてしまう必要はなかったことは言うまでもないが。
ギルドハウスのキッチンで夜中、男二人だけの酒盛りである。もう一人、この場に居る資格のあるシロエにも彼らは声をかけたが、何やら仕事があるとかで参加を断られてしまった。
古い友人の付き合いの悪さを、二人は酒の肴にすることで許すことにしたようだ。
う~ん、とだるそうに背伸びをして直継が続ける。
「な~んでシロは鈍いふりしちゃうのかねぇ?」
猫人族らしく酔いを見せない顔で、にゃん太が目を眇めながら返す。
「さて、ふりなのかそもそも気づくつもりがないのか……」
彼はきっと、そういった恋慕の対象にまさか自分がなるとは思っていない。
それは自己評価の低さに起因するのか、はたまた感情の純化に特別な夢でも抱いているのか。
並大抵の強さでは彼に気づかせることすら叶わない、そんな予感を嗅ぎとった二人は、何度目かも分からない苦笑を共に重ねた。
「どちらさんも報われないねぇ」
「そうですにゃぁ。しかし彼女らだって準備ができているとはいいがたいでしょうにゃ」
選ばれなかった場合だけじゃない、選ばれた時の覚悟すら、まだ。
「ったく、罪作りも大概しろ祭りだなこりゃ」
「それが若さというものですにゃー」
そう涼しい顔で返したにゃん太の横顔に「ご隠居も大概なんだけどな」などと直継は嘯き、真意を悟らせないずるい大人は「さ、最後は直継っちに譲りますにゃん」ととっくりを傾けるのだった。
とーへんぼくさんのお話しみっつでしたー。