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眼鏡

 そのアイテムを手に入れた時、自分のアバターにつけさせるべきかは正直迷いどころだった。

 ヘンリエッタと名付けたその蜂蜜色の髪のキャラクターには自分の憧れを投影していて、と言ってももちろん実際に自分が愛でたいような小さくて可愛らしい姿ではなくある程度の節度をもって設定した容姿ではあったのだけれど、どこまで自分を投影させるかについては当初考えていたより複雑な思いが絡むものなのだと、梅子はしばらくゲームをプレイする内に知った。

 身長や体型はそのまま変えないで始めていた。

 ボイスチャットを使うゲームなのだから、声とアバターにあまり差が出るようにはしたくなかったから。

 だからと言ってあまりに現実の自分と似すぎていては、わざわざゲームをやる意味なんてない。


 だから目指したのは自分なりの節度をもって、かけ離れ過ぎず、少しだけ冒険できるキャラクター。

 髪の色と、瞳の色。それから仕事では決して着ることができない、ふわりと可愛らしさのあるいくつかの衣装。


 そんな妙なところが小心な自分らしい設定を、こうしてこの姿で召喚されてしまった今、これほど感謝することになるとは。


 ほう、とため息をついてヘンリエッタの姿で梅子は眼鏡に触れる。

 この銀縁の眼鏡だって手に入れた時から悩みに悩んで、やはりらしさに抗えず装備させてしまったものだ。

 ゲームの世界でまで眼鏡なんてかけなくてもいいのに、試しにつけてみたら「ああ、これはわたしだ」と自然に納得させるほど、しっくりとアバターに馴染んでしまった。


(でも、よかったかもしれませんわね……)


 窓に映る姿などを見るたび、少しだけ混ぜた憧れが面映ゆいような気持ちにさせた。

 それでも少し固い印象のあるこの眼鏡があると、それほど今の姿に酔わないでいられる。


(なんて、それじゃあまるで眼鏡がわたしの本性のようですけど)


「すみません、遅くなりました」


 こんこん、というノックの音とともに、部屋に響いた声が「ヘンリエッタ」の物思いを破った。

 白いローブに身を包んだ、中背と言うには少しばかり背の高い男は、扉を開けるなり眩しいものを見たように目を眇めてみせた。


(きっとまた徹夜をしていたのですわね、まったく……)


 陽当たりのいい部屋にどこか不健康そうな印象のある顔。

 いつだって何か企んでいそうなその目つきの悪さを彼女は嫌いになれないけれど、きっと誤解されやすいのだろうとも会うたびに思う。


「わざわざ来ていただいたのにお待たせしてしまって」


 そう告げたシロエが申し訳なさそうに顔をゆがめて、その情けなさが印象を柔らかいものにするのが、なんだかおかしくてヘンリエッタは微笑む。


「どういたしまして。真っ黒クロエさまのお手伝いができるなら、喜んでどこへでも伺いますわ」

「今回は別に、悪だくみしようっていうんじゃないですよ」


 言いながらシロエはさっそく手にしていた資料を机に広げ始める。

 こういう実際家なところが好ましくもあり物足りなくもあり。


 部屋を出る時に、いつもより鏡を見る時間が長かったことに気が付いていた。

 人様のギルドハウスに呼ばれているのだからそれは当然なのだと自分に言い聞かせても、恥ずかしい気持ちがなかなか消えてくれなかった。

 だけど、実際に彼の前に出てみると、あまりにいつも通りなので安心する。

 彼はわたし個人の容姿になど興味をもっていないのだ、と。


 ──そう、思っていたのに。


「あ、と。その前に、今日はヘンリエッタさんに渡したいものがあったんです」

「……あら、なんでしょう」


 小さく首を傾げて促してみると、どこかはにかむような表情でシロエが小さな包みを取り出した。


「大したものじゃないんです。街で見かけたとき、これはと思ってしまって……」

「開けてみても?」


 もちろん、と言ったシロエの顔からは、気に入らないのではという感情は読み取れなかった。

 他人に不器用なこの青年にしては珍しいとヘンリエッタは意外に思う。

 そうして包みから現れたのは。


「眼鏡ふき、ですわね……」


 こくり、と頷いてからシロエが口を開く。


「この世界では装備の汚れは放っておけば消えるって分かってるんですけど、これがないとどうにも落ち着かなくって。きっとこれの開発者も同じ気持ちだったんだろうな。ヘンリエッタさんもずっと眼鏡をかけているようだから、あったら喜ぶかと思ったんですけど……」


 言いながらやっと、本当に必要だったのか疑問が生まれたようだ。

 ちらり、と窺うような顔をされてどうしたものかと迷ってしまう。


 しばらくは、我慢していた。

 我慢していたけれど、とうとうこらえきれず噴き出してしまった。

 嬉しそうに女性に差し出したプレゼントが、眼鏡ふき。

 本当にもう、あまりにだめだめで好きになってしまいそう。


(これじゃあアカツキちゃんも大変ですわね……)


 笑われたことで失態を悟ったらしく、シロエが顔を赤くしたのが分かる。

 薄い唇にとびきりの笑顔を浮かべて、ヘンリエッタはシロエを見つめながら言う。


「嬉しいですわ。男性からおそろいのプレゼントをいただくなんて、女冥利につきますわね」

「あれ……これってそういうことになっちゃうのかな?! あの、すみません、そんな失礼な気持ちはなくって」

「分かっています。けれどシロエ様、軽い気持ちで女性にプレゼントなどなさってはあらぬ誤解を生みましてよ?」

「う……、き、気を付けます……」


 では本題に移りましょうか、とわざとらしく咳をしたシロエに合わせて、ヘンリエッタも姿勢を正す。

 彼女が内心でどれほど喜んでいるか、きっと彼に分かる日はこないだろうけれど。


 彼女の髪がきらきらと陽の光をはじいて、シロエが一瞬見惚れたことに、彼女が気づく日がこないのと同じに。

残念ながら、おそらくクラスティ眼鏡さんともおそろいなのです。

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