しっかり者
しっかり者、と。
そう言われるのがくすぐったくもあったし、少しだけ、苦手でもあった。
年の近い子たちにしっかりしてると頼られるのは、恥ずかしいけれど嬉しくもあるのだ。
だけど大人が言う彼女への心配を覗かせるそれには、押しつけがましさを拾って心に反発が生まれてしまった。優しさを素直に受け取れない自分を悪い子だと感じてしまうから、言われるのは苦手だなと思い込んでいた。
怪我をしてしまった双子の弟、それもあって忙しくしている両親、という世の中が持つイメージ。
だけど、自分がちゃんとしていたいこの性格は、元々のもので取り立てて無理をしているつもりもないのに。
自分自身を見て貰えてない気がして居心地が悪かった。
だから年上のあの人が、ミノリはしっかりしてる、と評してくれた時に、あんなに嬉しかったのが自分でも意外に思えた。
もっと褒めてほしくて頑張ってみたら、偉かったよ、頑張ったよと認めてもらえて、それが何よりもきれいな宝物になって心の真ん中に落ち着いたのが分かった。
しっかり者、という言葉はだから、あの時からミノリの中で行いの指標になったのだ。
今はまだ背伸びかも知れないけれど、シロエに褒めてもらえる自分を目指していたら、少しずつでもあの人に近づいていけるような気がしていたから。
なのに今さら、こんなことを言われても困る。
「確かに、ミノリにはちょっと頑張りすぎちゃうところがあるのかな……」
休息日と決められた日に、ならばとサブスキルのレベル上げをしようと考えていたミノリを、トウヤは無理しすぎなのだと怒った。
にーちゃんも何か言ってくれよ、真面目もいいけどちょっとくらい息抜きしないとつまんないだろ! と。
その答えが、先の頑張りすぎるという言葉につながったから、なぜか裏切られたような気持ちになってしまった。
まさか自分が知る誰より頑張っている人に、頑張りすぎなんて言われると思わなかった。
シロエにそんなことを言わせたトウヤを、軽く恨む気持ちで口を開いた。
「わたしは、やりたいなって思うからやってるだけだもの。それに<筆写士>のレベルが上がったら、もっとシロエさんのお手伝いができるかもしれないでしょ? つまんなくなんてないよ」
「ほら、すぐそーやって真面目ちゃんになる。にーちゃんも悪いんだからな、お手本のにーちゃんがちゃんと休まないから、ミノリも平気で無理をするんだぞ」
「こ、こら、トウヤ!」
急に矢面に立たされたシロエが目を白黒させる。
これ以上の失礼を恐れて慌ててトウヤを口をふさぐが、う~んそうかも、なんてシロエは苦笑いした。
「確かに、僕がふがいないからミノリが心配しちゃうんだな。……うん、メンバーが心配して休めないなんてギルマス失格だよね。僕がもっとしっかりするから、ミノリは休みの日はちゃんと休むこと──」
「それじゃだめです!」
遮ると傍にいるトウヤもうんうんと頷く。
「そーだよ、にーちゃんも休んでって言ってるのに、なんでもっと頑張る話してんの?」
困ったようなシロエはぽりぽりと頬をかいた。
「頑張るんじゃなくて、いずれは無理に頑張らなくても色々こなせるようにしっかりするよって意味だったんだけど。でもそのためにも今はもう少しやらなきゃいけないことがあって……」
「シロエさんが休まないなら、わたしも絶対休みませんから」
堂々巡りの予感をさせる台詞にきっぱりした宣言で対抗してみると、トウヤが「もうやだ、シショー! この二人はなし聞いてくれない!」と喚きながら直継を探しに行ってしまった。
二人の頑固者を相手に自分一人では太刀打ちできないと考えたのだろう。
ダイニングに取り残された二人は、どちらからともなくそっと視線を合わせる。
「まいったな、そんなに頼りないかな、僕って」
「そんなことないです。わたしがもっとしっかりしたいだけなんです」
伝えたら「ミノリは十分しっかり者だと思うんだけど……」とシロエがぼそぼそと呟いた。
(だってそれじゃ足りないんだもの……)
ミノリが思うしっかりしなきゃより、もっともっと強くシロエはしっかりしないとと念じ続けているのだ。
それじゃ、いつまでたっても届かないじゃないかと思う。
無理しないで、背伸びしないで、その分ぼくが頑張るから、なんて。
子供扱いで距離をとるなんてあんまりだと思った。
「本当にわたしがしっかり者なら手伝えることもあると思うんです。だから、ちゃんと頼ってくれないと困るんです」
本当はまだまだ力不足の自分が、こんなことを言うなんておこがましいと分かっている。
だけど、そんなミノリにもシロエはいつだって優しいのだからひどい。
「うん大丈夫。ちゃんと頼りにしてるから。だから、休める時にはちゃんと休んで……」
「もう!」
唇を尖らせたミノリに、「え~っと、でもまあ今はお茶でも飲んで一緒に休もうか」なんてシロエがとりなしてきた。
わたしが淹れるからシロエさんは座っててください、と。
告げた視線の先には困ったように笑うシロエの姿があった。
似た者どうし。