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97.汇报(報告)

 花嫁が昼食を終え茶室に移動した後、紅児(ホンアール)紅夏(ホンシャー)と共に挨拶に向かった。

 いわゆる、結婚の報告である。

 花嫁はお茶を入れながらにんまりして2人を迎えた。

 2人は四神と花嫁に向かって傅いた。

「朱雀様、花嫁様、此度朱雀の眷属である紅夏は花嫁様が後見されている娘、エリーザと夫婦(めおと)になりましたことを報告します」

「……先を越されたな。今後我に構う必要はない。そなたの妻を大事にせよ」

 紅夏の科白に朱雀が苦笑交じりに言う。紅児は内心驚いた。これは紅夏がお役御免ということなのだろうか。

「無事エリーザと紅夏が夫婦になれたこと、祝福します。……本当はお式を挙げてもらいたいけど時間がないから……。帰国したらかの国でするか……もしくは今回帰国しなかったら改めてこちらでしましょう」

 感慨深そうに花嫁が言う。紅児は少しだけ困ってしまった。

 帰国をしてもすぐに結婚は認められない。何故ならセレスト王国の成人年齢は18歳だからだ。特例として出産をした場合は16歳から婚姻が認められるがそれまでは何があっても結婚できないのである。

(あ……でも……)

 結婚の記帳をこちらで行えば認めてもらえるかもしれない。

「あの……花嫁様そのことなのですが……」

 おそるおそるセレスト王国の法律を話すと花嫁は少し難しい顔をした。

「……でもこちらでも……15歳が成人だものね……今回帰国してしまうとこちらでの記帳は難しいのではないかしら。一応専門家に聞いてみることにしましょう」

 紅児は落胆した。そういえばこちらでも14歳の彼女が紅夏に嫁ぐのは異例のことであったのをすっかり失念していた。

「エリーザ、そんなに落ち込むことはないわ。私は貴女の味方よ」

「は、はい! ありがとうございます」

 その後花嫁の勧めで紅児と紅夏は少しお茶を飲ませてもらった。なんのお茶だかわからなかったがやはり花嫁の入れてくれたお茶はおいしかった。

 あんな優雅な手つきで入れられたら己の国でも受けるのではないかと思った。

 紅夏はしなければいけないことがあるらしく、厨房まで送ってもらってから別れた。大部屋の侍女たちもそうだが厨房の皆さんにもお世話になった。ここで帰国するかどうかは不明だが一応の挨拶である。

 昼食後のこの時間厨房は休憩になる。厨師(コック)たちはまかない料理を食べ、部屋に戻るかこちらで休んでいるはずだった。部屋に戻ってしまった厨師には仕方ないが、せめてこちらにいる厨師にだけでもと思う。

(本当は、何か気のきいたものでも持ってこれればよかったのだけれど……)

 突然のことで何も用意できなかったことを紅児は悔やんだ。厨房の入口で逡巡していると中で休んでいた厨師が気付いたらしい。

「ん……? 紅児じゃないか、どうしたんだ?」

「あ……お休みのところごめんなさい……」

 促されて中に入る。厨師や下男も含めて5,6人いた。彼らは甲斐甲斐しく凳子(ドンズ)(背もたれのない椅子)を用意してくれた。

「まぁ座りな」

「あ、ええと……その、もしかしたら帰国するかもしれないので、ご挨拶をと……」

 紅児がそう言う間にも簡単な(テーブル)まで用意され昼食の残りや白湯などが置かれた。これはゆっくりしていけということだろう。彼女は諦めて凳子に腰かけた。

「そういえばそんなこと言ってたっけか」

「本当に帰るのか。寂しくなるなぁ」

「ええと、あの……いろいろあって、まだわからないんです。でももしかしたら今回帰国する可能性もあるので、挨拶だけはしておこうと、思って……」

 そう言うと彼らは苦笑した。

「律儀だな」

「わしらにまで気を使わんでもいいんだぞ」

 そう言いながらもまんざらではないらしく食べ物を勧められた。紅児は遠慮なく摘まめる物を摘まむ。そういえば自分で箸を持つのは久しぶりかもしれないと思ったら眉根が寄った。やはりこればっかりは紅夏と喧嘩してでも自分でできるようにしたいと思う。……せめて3回に1回ぐらいは。

「いろいろあるっちゅうことは……」

「相手が眷属様だ。そりゃいろいろあるだろ、なぁ」

「……まぁ、そんなところです……」

 こうしてみると男性陣もそれなりにおしゃべりなのだということがわかる。

 詳しい事情を話す必要はないので紅児は言葉を濁した。

 出された残り物はより紅児が食べなれた物に近くてつい箸が進む。久しぶりに自分で箸を持ったということもあるのだろうが。

「こんなもんで悪いな」

「おいしいですよ?」

 素直に答えるとまた苦笑される。

「花嫁様みたいなことを言うなぁ」

「おい!」

「ああ……花嫁様も、こういうの好きですものね」

 誰かの軽口に誰かが窘め、けれど紅児は肯定した。花嫁は元々庶民だと言っていたから、市井の食べ物の方が馴染みがあるらしい。

「紅児は面白いな。馬の作ったもんを揚げ直させられた時はびっくりしたぞ」

 紅児は目を見開いた。

「ああ! あの時の! その節はありがとうございました!」

 顔に見覚えはなかったが紅児は素直に礼を言う。その厨師は苦笑した。

「いいってことよ。……帰国する時紅夏様はどうするんだい?」

「? もちろん一緒に行きます」

 即答した紅児に厨師たちは沸いた。

「さすが紅夏様だ!」

「眷属様は違うよなぁ」

 馬のことを言及した厨師はそれに力なく笑ったが、料理長の他誰もそれに気づくことはなかった。


 ひとしきり話してから、紅児は厨房を後にした。

 あと誰に挨拶をする余裕があるか考えながら。

厨師については15話を参照のこと。

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