95.同屋
あんなに抱き合ったのに、体は全然だるくない。翌朝は腰が立たないとか聞いたことがあったのだが誇張された表現だったのだろうか。
紅児は首を傾げた。
「エリーザ、どうかしたのか?」
「いえ……」
さすがに、初めての翌日なのに体調がいつもとそれほど変わらないのは何故ですかと聞くことはできない。
そういえば紅夏が紅児の名を呼ぶ音の変わっていることに彼女は気付いた。紅夏は紅夏なりに努力し紅児の名をできるだけ正確な音で発音しようとしてくれている。けれどそれはあくまで紅夏を他国人としてみた場合であり、それを言うならば花嫁の発音もまた正確とは言い難い。なのに今聞いた「エリーザ」はとてもきれいな音だった。
紅児はなにも知らなかったがそれは気のせいではなかった。
紅夏に抱かれ、体の構造が根本から入れ替わりつつある紅児はより己の情報を”つがい”である彼に送ることができるようになったのである。
それはより正確なセレスト王国の発音を紅夏に伝え、何度か練習すれば話せるようになるということを彼に理解させていた。
それと同時に紅児にも四神の眷属の”つがい”としての恩恵も備わりつつあった。
紅夏が以前すでに伝えていた体毛の色。最短では”熱”を受けながら丸一日彼に抱かれ続けることで色が定着する。だが蓄積でもゆっくりとだが色は定着する。昨夜紅夏に抱かれたことで紅児の髪色は少しだが変化していた。どちらかといえば朱色と言ってもいい彼女の髪は少し落ち着いた赤を帯びていたのだった。
それは一旦荷物をまとめる為に大部屋に戻った時発覚した。
例えば船に乗ってもなんともなかった場合そのまま帰国したいと思うかもしれない。その時に荷物がないでは話にならない。その為、一応帰国の準備という名目で荷物を全てまとめておく必要があった。
あまり人がいない時間のはずだった。そっと大部屋の扉を開けた紅児は、そこに何人か侍女が戻っているのを見てなんとも言えない表情をした。ようは顔を合わせるのが恥ずかしいのである。
けれど無視するわけにもいかない。
どう挨拶したものかと考えていると向こうが先に気付いたようだった。
「あ、紅児!」
「体は? 大丈夫なの?」
彼女たちは観念して大部屋に入ってきた紅児に次々と声をかけてきた。そんな彼女たちの頬がうっすらとだが赤くなっているのを認めて紅児は恥ずかしくなった。
紅夏に抱かれたことを知られている。
その事実が、穴があったら埋まりたいぐらい恥ずかしい。
「あ、はい……大丈夫、です」
どうにかしてそう答えると、彼女たちは顔を見合わせた。
「……ホントに?」
「紅児、無理してない?」
紅児は目を丸くした。いったいどうしたというのだろう。
「……大丈夫ですよ?」
と再度答えれば、彼女たちはもじもじしながら何事かをもごもごしながら言う。
「でも、ねぇ……」
「床単が……」
「でも花嫁様の時は……」
(床単?)
彼女たちの単語の端々を聞いて、昨夜のことを思い出し、紅児はとうとう真っ赤になった。
(そういえば、処女は血が出るって……)
ということは血がついた床単を侍女たちに見られたということである。しかも彼女たちが紅児の体を心配するということはけっこうなそれが付着していたのだろう。
(信じられない! 信じられない! 信じられない!)
教えてくれれば己が洗ったのに、血で汚れたシーツを無造作に出すなんて。
紅児は今すぐにでも紅夏をなじりに行きたかった。だがそんなことをしたらもうここに戻ってこれないだろうと思い、ぐっとこらえた。
「あの……まだわからないのですけど、一応荷物を片づけに来たんです。みなさんにはたいへんお世話に……」
「あ! そういえば迎えの船が来たんですってね!」
「おめでとう、紅児!」
「王都まで出てきた甲斐があったじゃない!」
彼女たちは素直に喜んでくれた。
「はい……あの、まだいろいろあって今回帰国するかどうかはわからないのですけど……」
船に乗ることができなくてすごすご戻ってくる可能性もあるので、それも含めて紅児はもごもごと言った。侍女たちは目を丸くする。そして少し考えるような顔をした。
「ああ、そうよね……もう紅児は紅夏様と一緒になったんだし」
「もう! 紅児ったら羨ましいわ! 私も機会があったら……!!」
「ばかね、私たちじゃ駄目よ。侍女頭も女官の延さんもきれいじゃない」
「そっかぁ、四神の眷属も顔で選んでるのかしらねー。そしたら全然駄目だわー」
話が大分脱線しているが追及されても困るので紅児はあいまいな笑みを浮かべた。
でも。
「眷属の方々は顔とか、容姿で選んでいるわけじゃないみたいですよ。”つがい”かどうかで判断するみたいです……」
彼女たちがまた目を丸くしている間に紅児は小部屋の中に逃げ込んだ。
ほとんどがいただきものか借り物である。
己が買った物は何もないと言っていい。
この半年近く過ごして、いつのまにか荷物も大分増えてしまった。
紅児は感慨深げに狭い小部屋の中を見回した。
床と衣装棚はこの部屋に最初からあったものだ。棚から荷物を一つ一つ出す。
意外と作業に時間はかかりそうだった。
大部屋に残された侍女たちは軽く首を傾げていた。
「ねぇ……紅児の髪の色、なんか変わってなかった?」
「そうかしら」
「赤は赤だけど……なんか色合いが違うような……」
そこまで言って、侍女たちは頬を染めた。どこか心当たりがあったようだった。
「ってことは……花嫁様も、よね?」
「言わないでよ……」
仕事に出なければいけないのに、彼女たちは少しの間ぼうっとしていた。そして、納得したように頷くと大部屋を出て行った。
同屋 中国語でルームメイトという意味です。大部屋と小部屋に分かれてはいたけど、彼女たちも立派なルームメイトなのです。




