72.眷属との婚姻
過ごしやすい季節である。
寒すぎず暑すぎず、もう一月も経てばいろいろな場所で紅葉が見られそうだった。
なのにどうしてこの四阿の中はこんなに居心地が悪いのだろう。
壁があるわけではないのに。狭いわけでもないのに。
その原因は主にシーザン王とその姫に一端があるように、紅児には思えた。
ただでさえ宮廷言葉は難しいのに、更に婉曲に言われてしまうともう何もわからない。今は白雲がシーザン王に答えてくれるのを待つばかりである。
白雲は白虎によく似たその顔にわずかながら苦笑を浮かべた。
「……まず根本的なことから説明します。我ら四神の眷属が人ではないことはここにいる方々ならばご存知かと思います」
皆白雲の言葉に頷く。
「我ら四神の眷属は人ではない故に、その伴侶もまた基本は同じ眷属から選びます」
すぐ隣で何か言いたそうなドルマ姫を王が嗜めた。
「……ですが、稀に伴侶が人である場合もあるのです。我、それから朱雀様の眷属である紅夏は伴侶と定めたのが人なのですが、その相手というのは終生の”つがい”と認識したからです。そしてその”つがい”以外には我らが想いを寄せることも、子を成すこともできませぬ」
ドルマ姫が思わず口に手を当てた。
「……”つがい”とはなんじゃ?」
「我ら眷属にとって唯一の伴侶です。これは非常に説明が難しい。何故なら我らにとっても、その”つがい”に出会わない限りその者が”つがい”であるかどうかもわかりませぬ」
「ほほう……」
それまで静観していた皇帝が興味深そうに声を発した。
「……ということは、例え朕が娘を四神の眷属にやると言ってもありがた迷惑なわけだな」
「おそれいります。我らにとって人は慈しむべき対象ではありますが、想いを寄せる相手ではありません。もし眷属を伴侶に、と望まれても我らが”つがい”と認識しなければ一緒にはなれないのです」
「……じゃが……共におればいずれ愛情も生まれるのではないか」
ドルマ姫が言い募った。それを無情にも白雲が否定する。
「それはありえませぬ。乞われれば身体を重ねることは可能ですがそれだけのこと。”つがい”以外の相手とは子を成すこともできませぬし、”つがい”でない人は己だけ年を取っていくということが耐えられましょうや?」
「……”つがい”とは年もとらぬのか?」
そう言ってドルマ姫はじろじろと紅児を見る。紅児は更に居心地の悪い思いをしながらも、姫が気にするところはそこなのかと素直に感心した。
「”つがい”は眷属の伴侶。同じように時を重ねるものです。我に残された時間は約200年、その間”つがい”も年をとりませぬ。ただし……我ら以外は年を取り、やがて亡くなります」
冷徹な声だった。
その覚悟があるのかと暗に聞かれた気がした。
紅児は思わず胸を押さえる。
そうなのだ。
紅夏と共に生きるということは、そういうこと。
みんな、みんな年を取り、やがて紅児を置いていってしまう。
白雲に残された時間は約200年。けれど紅夏に残された時間は400年ぐらいあるはずだ。
400年。
気が遠くなるような時間である。
一度は納得したはずだったが、紅児は叫びだしそうになる己を必死で抑えた。
「……エリーザ?」
心配そうな声にはっとする。花嫁に気遣われてしまうなんて。
「……大丈夫です」
「いいえ、いけないわ。陛下、エリーザの気分が悪そうなので戻ります。シーザン王、シーザンの姫、お先に失礼します」
香子の言葉に皇帝は頷いた。四神の花嫁は四神に属する為、皇帝に対しても許可を得る必要はない。
だがシーザンの姫には通じなかった。
「いいではないか、花嫁殿。そこな娘だけ先に帰せばよいだけのこと。四神の眷属にもまだ聞きたいことがある」
これにはさすがに周囲の空気が一変した。けれどそれを収めたのもまたシーザン王であった。
「……ドルマ」
顔には柔和な笑みが浮かんでいるのに、その瞳と声が裏切っている。さすがの姫も感じるものがあったらしい。口をつぐんだ。
白雲がため息交じりに口を開いた。
「……眷属との婚姻をお望みであれば席を設けることは可能ですが、いかに一国の姫であろうと我らから相手を選ぶ権利はございませぬ。そしてもし”つがい”であった場合、姫に断る権利もまたございません。……それでもよろしいか」
ドルマ姫もさすがに絶句した。
「はっはっはっ……四神の眷属相手では選ぶことも断ることもできませぬか。それではさすがに姫の立場がない。残念ですがこの話はなかったことにしましょう」
「父上!?」
白雲の言った意味を理解したシーザン王の反応は早かった。女性上位の国にあって姫が主導権を握れないというのは非常に外聞が悪い。眷族を自国に招き入れるメリットと比較しても厳しいと考えたのだろう。
あっさり撤回した王に姫は抗議の声を上げたが話はそこで終りとなった。
白虎が花嫁を抱いたまま立ち上がる。紅児も心ここにあらずだったがどうにか立ち上がった。
それを見送る為に皇帝以下立ち上がる。
皇帝が席を立つという意味を、シーザンの姫もさすがに理解したようだった。
御花園を出た途端紅児は紅夏に抱き上げられた。
「!?」
驚いて紅夏を見る。
「紅夏、先に戻りなさい」
「ありがとうございます」
花嫁の言葉に紅夏が応える。そしてあっという間に四神宮まで戻った。
「あの……紅夏様。下ろしてくださ……」
「だめだ」
恥ずかしさにお願いするも却下された。そのまま何故か紅夏の室に連れて行かれてしまう。
「紅夏様!?」
扉を閉める間も惜しいのか、勢いよく開かれた扉はそのままバタン! と閉じた。そして紅児は床の上に下ろされた。
「紅夏さ……」
見上げた紅夏の顔に浮かんだ苦しそうな表情に紅児は思わず息を飲んだ。
「エリーザ、我の”つがい”……決して離しはせぬ!!」
眷属の寿命については22話参照のこと。




