70.波乱
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頬の赤みが引かないまま紅児は仕事に戻った。
彼女の全身は歓喜で満ち溢れていた。結局”熱を与える”ことの詳細は聞けずじまいだったが紅児の髪も紅夏と同じ色に変えることができるのだと知り、とても嬉しかった。今夜にでも詳しく教えてもらおうと思い、どうにか気持ちを切り替える。
中秋節は終ったがしばらく贈り物の数は多いままである。普段なら3日に1度程度の仕分けで済むところを最近は2日に1度ぐらいのペースで行っている。ただ異国からの贈り物を市場に流通させるのも問題があるらしく、そのことで主官である趙と中書省からの連絡役である王が話し合ったりしているらしい。
四神宮の外では相変わらずせわしない雰囲気があるが中は基本いつも通りである。四神と花嫁が表に出るのは中秋節の当日だけであり、その後は各国の要人が王城内に滞在していようと関係はない……はずだった。
花嫁は白虎か青龍の室に行っているはずなので、部屋の片付けや掃除を終えてしまえば午後は特にすることもない。今日は延もいないので緊張することもなさそうだった。
居間の隅に立ったままいつも通りとりとめもないことを考える。
花嫁のこと。紅夏のこと。養父母のこと。……そして本当の両親や祖国のこと。
いずれも真面目に考えているわけではない。ただ断片的に脳裏に浮かべては消えるというかんじだった。
(…………?)
なぜか普段静かな部屋の外が少し騒がしく感じられ、紅児は疑問符を脳裏に浮かべた。以前なら首を傾げてもう一人の侍女に視線で咎められているところである。
居間のもう一方の隅で控えている侍女も少しいぶかしげな表情をしていた。
来客、などはそうそうないはずである。
そうしているうちに行き交う足音が増えてきたように思われた。好奇心が頭をもたげたが部屋付きの侍女である紅児に確かめるすべはない。
あとで何があったのか教えてもらおうと思い、つい扉の外を窺おうとしてしまう己の身を抑えた。
だがそれだけでは終らなかった。
青龍の腕に抱かれて花嫁が戻ってきたのである。
その表情はとても機嫌が悪そうだった。
後ろから侍女たちが何人も続いてきたところを見ると来客かまたは呼び出されたのかもしれない。だが部屋に入ろうとする彼女たちを花嫁は制した。
「エリーザと少し話があるから下がりなさい」
紅児は目を見開いた。侍女たちは礼をとり素直に踵を返す。
青龍が花嫁を抱いたまま長椅子に腰掛ける。
「エリーザも座って。これは客人としての話だから」
扉が閉じられ、もう一人の侍女がお茶を入れる。紅児はためらいながらも来客用の椅子に腰掛けた。
紅児の前にもお茶が置かれる。
彼女は花嫁の部屋付きの侍女であると同時に花嫁の客人である。それは紅児自身もわかっているが普段は己をただの侍女だと思うようにしていた。そんな紅児だからみなに快く受け入れられているのだが彼女自身はいつだって必死である。
話がある、と言ったが花嫁は難しい顔をして少し考え込んでいるようだった。
紅児自身に急ぎの用事はないのでそんな花嫁の様子をただ心配そうに見守っていることしかできない。青龍は完全に椅子と化していて時折花嫁の髪を撫でているぐらいである。四神のそういう姿は紅児にも好ましく思えた。
「……エリーザは客人だから……これから話すことについて断ってくれてもいいわ」
そう前置きして、花嫁は言いづらそうに話し出した。
話の内容としてはこうだ。
現在この国の周辺諸国から王族や要人が来ており、その一部が王城内に滞在している。その中でもシーザン国からは国王とその娘(ようは一国の姫)が来ているらしい。シーザンは、国王は男性であるものの基本的には女性上位の国であるという。女性上位の国にあっては娘の言葉も尊重される。
シーザンの姫は赤い髪をしている。そしてどこで聞きつけたのか四神の花嫁のところに他国の赤い髪の娘がいるということを知っていた。このことも花嫁の機嫌を悪くさせる要因の一つであるらしい。
その姫が他国の赤い髪の娘―紅児を是非見たいと言ってきた。
「……昨夜そんなことを言ってはいたのよ。エリーザは私の従者ではなく客人だから強制はできないと伝えたのだけど……」
花嫁がうんざりしたように言う。
シーザン王はそれを諌めるでもなく、ただにこにこしているだけだったという。女性上位の国であるならそれは仕方ないのかもしれない。
けれど紅児が赤い髪をしているというだけで見たいと思うものなのだろうか。そこが疑問だった。
「何故……私を見たいと言われたのでしょうか……?」
海を隔てた国の者とはいえしがない貿易商の娘である。貴族とか王族であるわけでもない。紅児の問いに花嫁は頷いた。
「うーん……これはあくまで推測に過ぎないのだけど……。エリーザがここにいるということを知っているとしたら、紅夏と恋仲なのも多分知られているのではないかと思うの」
紅児ははっとして胸を押さえた。
ということは……。
「おそらくだけど、シーザン王は四神の眷属を婿にとりたいと考えているのかもしれないわ。でも……」
紅児はコクリと頷いた。
白虎の眷属である白雲は侍女頭である陳と恋仲だし、青龍の眷属である青藍は女官である延と恋仲である。しかもそれは紅児がここに来た時すでにそうであった。黒月は女性だし、残るは紅夏だがその紅夏は紅児と恋仲である。
それを聞いた青藍が一瞬眉をしかめたが何も言わなかった。
「青龍様、眷属が人に婿入りするという例はあるのですか?」
椅子になり存在感を消していた青龍に花嫁が聞く。青龍の目が嬉しそうに細められた。
「……”つがい”なれば場合によってはありうるようだが……青藍、どうだ?」
「失礼ですが……”つがい”以外の人間と一緒になることはございません。紅児殿は紅夏の”つがい”です。もし他の者から声をかけられたとしても決して揺らぐことはございません」
青藍の言葉に紅児の顔がパアッと明るくなった。
「それ以前の問題ってことね。そういえば眷属も”つがい”以外の人間をそういう対象には見れないのだっけ?」
「はい」
大分花嫁の話し方も砕けてきていると紅児は思う。最初の頃は立場を明確にする為にあえて堅苦しい物言いをされていたのだろう。元々の話し方がこうであると知ることは紅児にとって喜ばしいことだった。
「推測ではあるけれど、きっとまだ恋仲になって日が浅いエリーザの値踏みをしようってことなのかもしれないわ。一応一緒に行くなら紅夏も連れていくけどどうする? もちろん行かなくてもいいわ」
花嫁が改めてわかりやすく説明をしてくれる。行かなくてもいいと気を使ってくれるのが嬉しいと紅児は思う。けれど己が行かないことで花嫁が追及されることも避けたい。
紅夏は”つがい”である紅児以外に目を向けることはない。
これは紅児にとって自信に繋がる。”つがい”という立場にあぐらをかくつもりはないが、絶対であることは安心できるのだ。
だから。
「行きます」
紅児は笑顔で答えることができた。
シーザン国というのはただ名前を借りただけです。
実際の西蔵の歴史から女性上位とかそういうことは見当たりません。
よろしくお願いします。
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