7.前門
王都の長距離馬車乗り場の近くから乗った乗合馬車は、途中何度か止まって客を乗降させ、終点の前門で全ての客を下ろした。馬車の出入りの邪魔にならないように乗り場を出ると、2人は人の数に圧倒されその場に立ちつくした。
乗り場の外には所狭しと屋台が並び、そこに人々が群がっている。見たかんじ一つとして暇そうな屋台はなく、その屋台もどこまで続いているのかわからないほどだ。
「はぁ……王都ってのは、すげぇところじゃなぁ……」
養父が感慨深そうに嘆息して呟く。紅児もそれに頷いた。
しかしここでいつまでも立ち止まっているわけにはいかない。馬車はどんどん入って来、馬車を降りた人たちも歩いてくる。ぶつかってスリと疑われても困るので少し広いところまで出ることにした。
表通りらしきところに出ると、北の方角に城門が見えた。あれが前門なのだろう。門の両脇には兵士がおり、その小ささを見ればどれだけ前門が巨大なのかがわかる。門から馬車道と思しききれいに慣らされた道がこちらの方につながっておりそのまま南へ伸びている。馬車道の両脇には屋台やいろんな店が並んでおり、人の往来も激しかった。真ん中の馬車道を走る馬車も少なくない。
「確か……この辺りで屋台をやっていると聞いたんじゃが……」
こう屋台の数も多くてはどうやって探したらいいのかわからない。
「おとっつぁん、親戚の人の顔は覚えてるの?」
紅児が心配そうに聞く。養父は苦笑して頭をかいた。
「うろ覚えじゃなぁ……わしらと同じ小吃店(簡単な料理のみを扱う店)をやっているはずじゃが……」
紅児は屋台をざっと見回した。お土産物屋と思われる屋台もいっぱいあるが小吃店も星の数ほどありそうだった。思わずため息をつきそうになったが、養父もここまで屋台が並んでいるとは思ってもみなかったのだろう。
「おとっつぁん、親戚の名前は……」
気の遠くなるような話だが屋台を経営している人たちに聞いていくしかない。養父に尋ねようとした時、後ろからざわざわと大勢の人の声がしてきたかと思うと紅児はいきなり激しく突き飛ばされた。
「!?」
「紅児!?」
養父の声。紅児は驚いた状態のまま、更に何度か突き飛ばされ馬車道の端に倒れ込んだ。体中が痛い、というより熱い。どうにか体を起こそうとした時、
ダカッ、ダカッ、ダカッ、ダカッという音がすぐ近くでし、
「どけどけっ!! 引き殺されたいかっっ!!」
「きゃあああああ!!」
体すれすれをとんでもない早さで馬車の車輪が通り過ぎて行った。砂埃でむせかえり、その場から動くことができない。
「……誰か……」
先程もみくちゃになった際に頭を覆っていた布がなくなっていたが、今の紅児にはそんなことを気にする余裕もなかった。
ダカッ、ダカッ、ダカッ、ダカッ
続けて聞こえてくる馬の蹄の音に体が竦む。
「どけっ! どかんかっ!!」
「ひっ!!」
ビシィッ!! とすぐ横で鞭の音がする。紅児は咄嗟に両耳を押さえた。
実際そこまで馬車の走る間隔は詰まっていなかっただろうが、混乱している紅児には次から次に馬車がきているようにしか思えなかった。
(ママ、ママ助けて……!! パパぁっ……!!)
恐怖に体をできるだけ縮め、目をぎゅっと閉じ両耳を塞いだ状態でどれほどの時間が経っただろう。
「!? 止めて!! 馬車を止めなさい!!」
女性の甲高い声がし、横で馬車が止まったような音がした。
今なら馬車道から離れられるかもしれないと思ったが恐怖で体が動かない。内心焦っているとキィ……と扉が開くような音が聞こえた。
「まぁ……花嫁様!? ……のような赤い髪だわ……なんてこと……早く馬車へ!!」
「こんな汚れた娘をですか!?」
「言う通りになさい!!」
「は、はい、お嬢様!!」
女性と男性の話す声がしたかと思うと、いきなり紅児の体が担ぎ上げられた。
「!?」
驚いて両耳を塞ぐ手が外れた。すぐにどこかに下ろされ、また扉を閉めるような音がする。
「大丈夫? どこか痛いところはない?」
耳元で優しい声がし、紅児はようやくぎゅううっと閉じていた目をおそるおそる開けた。