38.諭される
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朝食の席は当然のように紅夏と一緒だった。
おそらくまた今夜侍女たちに質問責めにあうに違いないと思いながらも、泣いた理由を詳しく聞かれなくてよかったとも思った。
養父が出るのは明日の朝早くだろうと思う。できるだけ早く養母の元に帰りたいだろうから。
目の前でお茶を飲んでいる紅夏を窺う。
どんな形であれ、先程は助かった。だから、お礼を言うべきだろう。
「……あの……ありがとうございます……」
小声で言うと紅夏の口の端がクッと上がった。
「気にするな。そなたのことは我がことと同じ。だが、泣くならば我の胸で泣いてほしいものだが」
紅児は赤くなった。こんなふうにさらりと甘い科白を口にされるから平静ではいられないのだと思う。
未だどきどきと高鳴る胸をどうにか抑え、紅児は花嫁の部屋に入った。いつも通りあまり汚れていない居間を掃除していると珍しく花嫁が戻ってきた。
紅児と部屋付きの侍女は狼狽した。仕事につくのが遅すぎたのだろうか。平伏すると花嫁の方が慌てたように言った。
「清掃中だったのね。ごめんなさい、また後で戻るわ」
そして朱雀に抱かれたまま出て行ってしまった。
紅児は唖然とした。
侍女たちの存在を無視するというならわかるが、謝って出ていくなんて不思議な方だと思う。もちろん花嫁の言うことを聞いてそのまま戻ってしまう朱雀も相当である。
「気を取り直して急いで掃除しましょ」
部屋付きのもう一人の侍女に言われて紅児は気を引き締めた。
しっかり清掃し、お茶の準備を終えて居間の隅に立つ。一息ついたところで花嫁が戻ってきた。
「さっきはごめんなさい。早く戻ってきすぎちゃったわ」
「花嫁様」
謝る花嫁を延が窘める。花嫁はいたずらが見つかった子供のように肩を竦めた。
「ちょっと庭でお茶をしたいのだけど、いいかしら。紅児も一緒にね」
「かしこまりました」
そして紅児は四神宮の庭にいた。
今日の花嫁は珍しく朱雀に抱かれている。紅児が目を白黒させている間に他の侍女にお茶を差し出された。
「これぐらいの時間だとまだ気持ちいいわね」
空気がということだろう。紅児は「そうですね」と相槌を打った。この頃は朝早い時間でもかなり暑くなってきていたが四神宮の中は別だった。
四神効果というか、きっと花嫁の為に過ごしやすい気候になっているのかもしれない。
朝紅夏に腫れた目を治してもらったことで、何が起きてもおかしくはないと実感したというのもある。
「……でも、表はもっと暑いのかしら?」
朱雀を見ながら言う花嫁はやはりわかっているようだった。
「暑いやもしれぬが……我の側にいれば大丈夫だ」
やっぱり、と紅児は思った。四神というのは周りの空気まで操作してしまうものらしい。
それにしても朱雀と花嫁の組み合わせは圧巻である。同じ暗紫紅色の髪色もそうだが玄武と共にある時とは違った一体感があった。それは大祭の時も思ったが、本日のような略式の装いでも取り合わせの妙は変わらなかった。
だからといって白虎や青龍と共にいることが不自然というわけではない。ただ、よりしっくりくるのが玄武か朱雀というだけである。
気候や天気の話をした後、花嫁が言いづらそうに切りだした。
「早くから連れ出してしまって……でも、どうしても黙っていられなかったの」
真剣な表情に、紅児は居住まいを正す。とても大事な話をされるようだった。
「明日、お義父様が帰られるのですってね」
そう言われて紅児は体の力がへなへなと抜けていくのを感じた。張っていた気が今にも緩みそうになる。
紅児の目にうっすらと涙が浮かんだ。
「休暇を取り消したということは見送りにこないでほしいとか、言われたんでしょう?」
ずばりと言い当てられる。
ぶわっ、と昨夜流し尽したはずの涙が目を覆った。
茶杯を抱えた両手を包み込まれる。心配そうな表情で花嫁が紅児の顔を覗きこんでいた。
紅児はどうにかして泣き止もうとした。けれど意志の力では止められず、ぶわぶわと溢れた涙が頬を伝って落ちていった。
「……っ! ご、ご迷惑を……」
ここに来てからどれだけ自分は泣いているのかと情けなくなる。ただひたすらに心配をかけて申し訳なく思いながらどうにか言葉を紡ごうとしたが、花嫁の着物の袖で涙を拭われてしまった。けれど涙は後から後から流れ花嫁の袖を濡らすばかり。きっとしとどに濡れてしまうのではないかと思うのに花嫁は優しく紅児の頬を拭っていた。
やがて涙も止まり、しゃくり上げるのも止まってから花嫁が口を開いた。
「……エリーザは聞きわけがよすぎるわ。子供はもっとわがままでいいの」
そこで花嫁は言葉を切った。
「……え……でも来年には……」
紅児は戸惑った。この国では、紅児は来年成人を迎える。いつまでも子供だなどと言っていられない歳だろう。
なのに。
「エリーザの国の成人は18歳でしょう? まぁ……帰国しなければこちらに合わせるしかないでしょうけど、貴女は18歳が成人という文化で育ってきたはずよ。そうしたら貴女はまだまだ子供じゃない?」
当り前のように言われ、紅児は目を丸くした。
そしてまた文化の違いを思い出した。
「あ……でも私の国では、早い子は14歳でその……」
花嫁は眉根を寄せた。
「……そうかもしれないけど、それとこれとは別!」
ばっさりと切られ、紅児は恥ずかしくなり俯いた。
紅児が言おうとしたのは性行為のことだった。紅児の国が性に奔放なところだということは前述した。
ただ、本来国にいれば13歳で受けられるべき性教育を紅児は受けていない。だから実際のところはよくわかっていないのだった。
花嫁は嘆息した。
「単刀直入に聞くわね。紅児、貴女はお義父様の見送りに行きたいの? それとも行きたくない?」
「行きたいです!」
即答だった。
花嫁は満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ、いってらっしゃいな」
紅児は絶句した。
そして、翌朝早く紅児は紅夏と共に見送りの為馬車に乗っていった。




