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3.四神と花嫁様

 男が去った後、老人は店に来た者たちに「四神の花嫁様が降臨された」という話を自分の手柄のように語った。みな一様に「それで今年は春が早く来たんじゃなぁ」と納得したように頷いた。そして花嫁と紅児(ホンアール)の髪の色が同じという話を聞くと、みな複雑そうな表情をした。こんな狭い村ではほとんどの者が紅児の来歴を知っている。それだけに紅児はとても居心地の悪い思いをした。

 紅児の国には様々な髪の色、いろいろな目の色をした人がいた。それほど広い国ではなく、他国との往来も盛んだったからこそなのだろう。もちろん隣国にも赤い髪に緑の目をした人はいるはずだった。誰も直接紅児に尋ねないから彼女も何も言わなかったが、店じまいの時間になって近所の少年たちが難しい顔をしてやってきた。

「お前、四神の花嫁様の親戚かもしれないって……」

「そんなわけないじゃない」

 歯切れ悪く聞いてくる少年に、紅児はいらいらしながら否定した。

「でも髪の色が同じだって……」

「じゃあ黒髪の人はみんな親戚なの? 私のいた国の隣の国にだって赤い髪の人はいたわ」

「そっか……じゃあ関係ないんじゃな?」

 何故か体の大きい少年がほっとしたように言った。紅児は眉を寄せた。

「関係ないわ」

「ならいいんじゃ……」

 そう答えると少年たちは言葉を濁してとっとと帰って行った。

(いったいなんなの?)

 尋ねるだけ尋ねて何を注文していくでもない少年たちが腹立たしかった。

「紅児は人気者じゃなぁ」

 だから一緒に片付けをしている養父が言ったことも意味不明だった。

「おとっつぁん?」

 怪訝そうに聞き返しても養父は笑って答えなかった。


 翌日の仕込みを手伝いながら紅児は養父母に「四神」と「花嫁様」のことを尋ねた。

 彼らは自分たちが知っている範囲でだが、と前置きして教えてくれた。

 曰く、この国には東西南北それぞれに守護している神がいること。秦皇島辺りを守護する神様は玄武だということ。よくわからないが玄武様には長いことお嫁さんがいなかったらしい。そのせいかもう何十年も冬の寒さが厳しく、作物が不作の年が続いているのだという。

 王都から来たという男の話が本当なら、四神が花嫁を迎えたことで冬の寒さも緩和し自分たちの生活が少しずつでも楽になるかもしれないと、彼らは嬉しそうに言った。

「花嫁様って……4人も一度に来たの?」

 疑問に思って紅児が聞くと、養父母は顔を見合わせた。

 そしておそらくは1人だけだと教えてくれた。

 紅児は目を白黒させた。養父母の言うことが本当なら四神に対して花嫁が1人ということになる。

 この国では女性が複数の男性に嫁ぐことは一般的なことなのだろうか。

 たどたどしく聞くとそんなことはないという。身分の高い男性が複数の女性を囲うことはあるが、その逆はまずないらしい。

「神様のことじゃからのぅ……わしらはよくわからんのじゃ」

 養父は苦笑して頭をかいた。

 紅児の国では王族であっても一夫一婦制が当り前だったから、男性が複数の女性を囲うというのは全く想像もつかないことだった。

 そもそも「降臨」というのがどういうことなのかわからない。花嫁は一体どこからやってきたのだろう。そこらへんを尋ねてみても養父母は苦笑するばかりだった。

 おかげでその日は紅児にとって、かえって疑問だけが増えた日となった。


 その夜養父母が深刻そうな顔でぼそぼそと何かを話し合っていることに紅児は気付いたが、寝たふりをした。

 時折養父母はそうやって店のことや紅児のことについて話をする。まだ子供であり、お世話になっているだけの紅児にできることは何もない。ただできるだけ迷惑をかけないようにするのが精いっぱいだった。

 優しい養父母に拾われて運がいいのだと、紅児はいつも自分に言い聞かせている。そうしなければ時折叫び出したくなる気持ちを抑えることはできなかった。

 状況がよくわかっていない頃は泣いてばかりいた。そんな面倒臭い子供を慰め、根気良く導いてくれたのは養父母だった。彼らは子宝に恵まれなかったから、紅児は天からの授かり物だと言ってくれたが、あまり役に立っているようには思えなかった。

(大丈夫、私は大丈夫……)

 そう自分に言い聞かせながら紅児は眠りについた。

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