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28.約会

 紅児(ホンアール)は頬を染めたままではあったが、その後2人は屋台を冷やかしたり、買物をしたりして過ごした。人出は本当にすごく人とすれ違うのもたいへんなはずだったが、その中を紅夏はうまく避けて歩いてくれた為紅児は人の波に酔わなくて済んだ。

「紅児、花嫁様を見たいか?」

 先程のような屋台ではなく比較的高そうな飯館(レストラン)に連れてこられ、紅夏(ホンシャー)に尋ねられた。

 前門の楼台に立たれるお姿のことだろうか。

 紅児はコクン、と頷いた。

 先程着飾った花嫁も朱雀も見たが、前門の楼台に立たれる姿はどれほど眩しく映るのだろうか。

 当の花嫁がうんざりした様子を隠そうともしなかったことに笑みが漏れる。面倒臭いことは嫌いなのだとぼやいていた。そうすると青龍が「なれば断ろう」といとも簡単に言い出す。けれど花嫁は「文句を言いたいだけです。出ます」ときっぱり答えていた。

 異世界から勝手に連れてこられたというのに、花嫁はとても責任感が強い。毎日ただただ生きることに精一杯だった紅児とはえらい違いだった。

(歳とかもあるのかしら……)

 それもあるのかもしれない。

「私……まだ四神や花嫁様がよくわからないんです。だから、あの方々がみなにとってどのような存在なのか知りたいんです」

 花嫁は純粋にすごい人だと紅児は思っている。だが四神や眷族の存在というのは未だに謎だった。なにせ3年前にこの国に来る時そういった話は聞かなかった。そして村で過ごした3年の間も四神の話は聞かなかったと思う。あの旅人が来るまで、神様がそんな身近に存在しているなんて夢にも思わなかった。神が人の目に触れるところにいるということが信じられなかったのだ。

「そうか。確かに見た方が早いだろう」

 紅夏が頷いて応えた。

「こちらに戻ってこられるにはまだかかるはずだ。のんびりするといい」

 紅児はそれに頷いた。

「天壇に行かれると言われていましたが、遠いのですか?」

「……輿で行くには少し遠いやもしれぬ」

 東南の方向、数公里(数キロメートル)のところにあると聞いた。しかも輿はかなりゆっくり運ばれて行くらしい。

 紅児は花嫁のげんなりしたような表情を思い出した。確かにそれは苦痛かもしれない。

「天壇では何をされるんですか?」

「祭祀だ。皇帝が天と四神に五穀豊穣の祈りを捧げる」

「はぁ……」

 紅児にはやっぱりわからない世界である。

「毎年しているのですか?」

「四神が参加するのは花嫁を迎える年のみだ。朱雀様が以前参加されていたとすれば2回目になるか」

 紅児は考える。朱雀もかなり長い年月を生きているはずである。それなのに今回が2回目ということは紅児はすごい年にこの国にいるのではなかろうか。

 普段四神は領地の屋敷にいて、めったに人里に下りてくることはないらしい。それでも朱雀や白虎は気さくらしくたまに領地内の見回りをしたりするのだと紅夏が教えてくれた。

 そうだとするとやはりこの国の者たちからしたら、四神の姿を見れるというのは特別なのではなかろうか。

 どうりで人が多いはずである。

 元々都は人が多いとは聞いていたが、さすがに毎日あんなに人が出ているわけではないだろう。そのことを聞けば、紅夏は朱雀について南の領地に住んでいる為北京のことはわからないと言われた。それもそうだった。

 移動だけでかなり時間がかかるようだから花嫁は途中で昼食をとるのだろうか。

(お疲れでなければいいのだけど……)

 そうでなくても夜は必ず四神の誰かと過ごしている。玄武か朱雀の室に行っていることは知っているが、昼間一緒にいる白虎や青龍とはどうなのだろうかとぼんやり思った。

 夜共に過ごしているということの意味は、漠然とだが紅児にもわかっていた。一度だけ、紅夏と過ごした夜を紅児は思い出して赤くなった。

 口づけられ、(ベッド)に運ばれた。

(あの時抵抗しなかったら、きっと……)

 紅児は真っ赤になった。

 性教育をきちんと受けていない紅児にとってそれは想像にすぎなかったが、『抱かれる』という言葉を思い浮かべただけで紅児は恥ずかしさに頭を抱えたくなった。

「どうした?」

 紅児の顔がどんどん熱を持つのをほうっておいてもらえるわけはなかった。

「あ……いえ」

 花嫁が疲れていないだろうかと考えていたらつい先日のことまで思い出してしまったとはとても言えない。

「そうか」

 見逃してもらえるかとほっとしたところで、口元にれんげを差し出されたのを反射的に食べた。

 スープをごくん、と飲み込む。

「……あ」

 それから次々と食べ物を差し出されたのを紅児は戸惑いながらも食べた。四神宮の食堂でされるのは困るが、ここは個室だったからそれほど抵抗感はなかった。もちろん料理を運ぶ為に従業員は出入りしていたが、彼らは客を不快にさせないすべを心得ていた。紅夏に「あーん」をさせられながらも紅児はあまり従業員の存在を感じなかった。とはいえ全て皿を片付けられ、最後のデザートを口に入れられた時紅児はいいかげんそれに気付いた。

 けれど紅夏が優しい表情でれんげを差し出すから、紅児は真っ赤になりながらも最後まで食べた。

「……もう、おなかいっぱいです」

「まだ食べるか」と聞かれ、紅児は首を振ってそう答えた。量はそれほどなかったが紅夏に食べさせらるという行為だけでおなかいっぱいだった。

 口を拭こうとした時、


(え……)


 ぺろり、と唇を舐められる。

 一瞬、紅児は何が起こったのかわからなかった。すぐに離れた唇を目で追う。

「甘いな」

 最後のデザートの味をみたかったのか。

 紅児はこれ以上ないほど赤くなった。髪の色のみならず全身が赤く染まってしまったのではないかと思う。

「な、ななな、なんで……」

 逃げようとする体を抱き寄せられる。

 胸がきゅううっと甘くしびれ、瞳が潤んでくる。

 そして思い出す。

 四神や眷族にとって『給餌』は求婚なのだということを。

「紅児……」

 甘いテナー。どうしてこんなに耳まで酔わされてしまうのだろう。

「ご、ごめ、ごめんなさいっ! 私、私……」

 求婚だと知っていたのに。

「答えは急がぬと申したであろう」

 どうせそなたは我の物になるのだから。

 そんな声まで聞こえてきたような気がする。

 紅児は目をギュッと閉じる。その瞼に口づけられ、紅児はどうしたらいいのかわからなくなった。

 未成年、という言い訳は紅児には通用しない。だって紅児の国では婚前交渉は当り前だったから。けれどそれは結婚相手を探す為の行為であって、こんな何が何でも紅児を妻にすると宣言しているものとすることではないと思う。

「あ、あああのっ! 花嫁様はいつ楼台に立たれるのでしょうかっ!?」

「そうだな……」

 残念そうな声と共に腕が放された。

 それを少し寂しく思ったなどということは、できれば一生ないしょにしておきたい。

約会 デートのこと。

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