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27.屋台

累計20万PV&5万ユニーク突破本当にありがとうございます。

これからも書けるだけ書いていきたいと思います。

 馬車はそれほど進まないうちに止まった。この後は歩いた方が早そうだった。

「少し歩くぞ」

 頷くと、四神宮から移動した時のようにとんでもない速さで紅夏(ホンシャー)は人の波をかき分けて進んだ。それも紅児(ホンアール)が目を見開くのに十分なことではあったが、それよりも人の多さに圧倒された。

 初めて前門の乗合馬車乗り場に降り立った時もびっくりしたが、今日はあの時の比ではないほど人が出ている。いったいどこからこんなに人がやってきたのかと思うぐらい人、人、人の海だった。

 それを流れるようにかき分け、紅夏は紅児を守るようにして足を止めた。

「……紅夏様?」

 めまぐるしく変わる景色に目を奪われていたせいか、紅児は辿りついた先がどこかわからずいぶかしげに紅夏を見た。

「……紅児……紅児か?」

 途端聞きなれた声がし、紅児は反射的にそちらへ首を巡らせた。

「……おとっつぁんっ!?」

 養父だった。

 そういえば養父に会わせてくれると紅夏は言ったのではなかったか。

 すぐにそのことを思い出さなかった己に、紅児は恥ずかしくなった。よく見れば四神宮で顔を合わせた馬遼(マーリャオ)もおり、その奥さんと思われる女性、そしてその娘さんと思われる年齢の女性が忙しそうに立ち働いている様子が窺えた。

「あ……ごめん。忙しそうだね」

 養父は破顔した。

「忙しいのは花嫁様のおかげじゃ。小麦粉がいくらあっても足らん」

「お、紅児じゃねぇか。なんか食ってけ!」

「お言葉に甘えよう」

「わ! 紅夏様まで一緒かい! 何をお召し上がりに?」

「紅児と同じでかまわぬ」

「え? え? え?」

 紅児が戸惑っている間に馬と紅夏が勝手に決めてしまい、屋台の側に置かれた卓子(テーブル)と凳子(衝立のない椅子)のあるところに案内され座らされてしまった。

「紅児、何を食うんじゃ?」

 養父に聞かれ、紅児は何度も目をぱちぱちさせた。なんというか展開が早すぎてついていけない。

「あ……じゃあ、馄饨(フントゥン)(ワンタン)と包子(パオズ)を……」

「馄饨2椀、包子2籠!」

「あいよ!」

 屋台らしくすぐに食べ物が出てきたので、紅児は戸惑いながらも箸を持った。紅夏も当り前のように箸を持つ。馄饨は醤油鶏がらベースの、海苔のスープの中にいっぱい入っていた。包子の中身は普通に豚肉である。

 それほどおなかがすいているとは思っていなかったが、箸をつけたら小腹がすいていたことに気付き、ぱくぱくと食べてしまった。

「はー……うまかった」

「うむ、うまいな」

 思わず呟くと同意され、紅児は赤くなった。できるだけ丁寧な言葉を使うようにはしているのだけれど、どうしても何気ない場面で村で使っていた言葉が出てきてしまう。

「よくわからないんですけど、紅夏様はあまり食事を必要とされないんですよね? そうだとするとこうやって食事されることはどうなんですか?」

 うまく聞けなかったが、食べても食べなくてもいいということなのだろうか。

 紅児と違い、紅夏の箸の使い方はきれいだ。紅児はこちらの国に来て初めて箸を使い始めたのだから仕方ないかもしれないが、あまり食事をしないという紅夏の動きによどみが全くないのに違和感を覚えたのだ。ただ、紅児より遥かに長く生きているのだから当然なのかもしれないけれど。

「そうだな……基本的には飲まず食わずでもいられるが、食べて何が起こるということもない。食べることは我らにとって娯楽のようなものだが、一生のうちには食事が必要になることもある」

「それは……どんな時なのですか?」

 食事が必要になるとはどういうことなのだろう。疑問に思って聞くと、紅夏は妖しい笑みを浮かべた。

「そうさな……そなたが我の妻になれば教えてやろう」

 紅児はカッと頬が熱くなるのを感じた。よくわからないが、結婚するとどうやら紅夏も食事が必要になるらしい。それは紅夏がたびたび言う『つがい』というのと関係があるのかもしれなかった。

「……じゃあいいです」

「それは残念だな」

 全く残念だとは思っていないような声で言われても信憑性がない。紅児たちが食べ終えても養父は忙しく立ち働いていた。これだけ人が出ているのだから屋台が忙しいのは嬉しい悲鳴だ。これではまともに養父と話なぞできそうもない。

「四神宮の人?」

 申し訳なく思い顔を伏せた時女性の声がした。顔を上げると馬遼の血縁と思われる若い女性が紅児と紅夏をぶしつけなほどじろじろ見ていた。

「馬の娘だ」

 紅夏が紅児に言うと、その女性は見開いた目に喜色を浮かべた。

「あ、あたしのこと覚えてらっしゃるんですか!? 赤い髪をなさってるってことは朱雀様の眷族様ですよね!? そちらの女の子も眷族なんですか?」

 立て板に水のごとく話しかけられ、紅児は目を白黒させた。正確に言うと話しかけられたのは紅夏ではあったが。

 紅夏は紅児を見やり、少し考えるような顔をした。何事かとどぎまぎする。

「……眷族ではないが、いずれそれに近い存在にはなるだろう」

「え? それってどういう……」

 女性は戸惑うような顔をした。紅児も何を言われているのかわからなかった。

「このバカ娘! 何油売ってんだ、とっとと仕事をしねえか!」

 馬の怒鳴り声に女性は一瞬ギュッと目をつむりちっと舌打ちした。

「……はーい!」

 そして何故か紅児をキッと睨んで行ってしまった。

「? 彼女、四神宮に来たことがあるんですか?」

「ああ、一度来たことがある。そなたは気にせずともよい」

「はぁ……」

 食べ終えたところで養父が急須と碗を持ってきてくれた。使われている器はどれも縁が欠けていたりする白っぽいものだ。でもそういうものの方が紅児は安心して扱うことができた。

 養父はにこにこしていた。

「紅児を連れてきていただいてありがとうごぜえます。紅児は……大祭を見にきたんけぇ?」

「……おとっつぁんに会いたかったんだけど、忙しいとこごめん」

「わしに? そうか……」

 養父はもっと嬉しそうな顔をしてくれた。それだけで十分だった。

 それほど話はできなかったが、養父の顔を見れただけで紅児は満足した。大祭は4日に渡って続けられる。つまり養父が村に帰るまであと一週間ぐらいしかない。

 どこかで1日時間がとれたら、とは思うがそれは贅沢というものだろう。

「紅夏様、養父に会わせていただいて、本当にありがとうございました」

 店をあとにし、紅児は改めて紅夏に礼を言った。紅児の腰を抱いた紅夏はそれに笑みを浮かべる。

 紅児は反射的に頬を染めた。

 普段無表情の美人が表情を持った時、それはとんでもない破壊力で。

 紅児は破裂しそうなほどのどきどきを抱えた胸を誤魔化す為、周りの屋台に目を向けるのが精いっぱいだった。

(なんて……なんて心臓に悪いの?)

 恥ずかしくて紅夏の前から逃げ出してしまいたかったけれど、腰は紅夏の腕にがっちり掴まれていたし、しかもここで逃げ出してしまったら四神宮に帰れる自信がなかったから紅児は仕方なくそのままでいた。

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