25.喂食(食べさせる)
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それから数日後、かつてセレスト王国から行方不明者についての問い合わせがあったことを知らされた。
その中には紅児の父であるエンリケ・グッテンバーグと思われる名、そしてエリーザ・グッテンバーグと思われる名もあったという。
「担当省が違うので結びつけて考えるのを怠りましたこと、たいへん申し訳ございませんでした」
問い合わせの証拠を探してきた王が叩頭したことに紅児は戸惑った。
「……お役所仕事ってやつね。まだセレスト王国に使者を出すには弱いかもしれないけど、私の権限でどうにかならないかしら?」
にっこりして花嫁が言う。王は「今はっきりした返事はできかねますが、おそらくは……」と曖昧な返事をした。
「そうね、できないと言うならこちらにも考えがあると伝えておいてちょうだい」
王はそれに一瞬固まった。
「はっ! 必ずや伝えます」
紅児は冷汗をかいた。自分の為になんだかたいへんなことになっているようだ。
その日は花嫁も一旦部屋に戻った。もちろんその後は青龍と共にいなくなってしまったが。
紅夏とは変わらず話をしていたから、花嫁の言っていたことを聞いてみた。
花嫁は紅児と話をする時はできるだけわかりやすい言葉を使って話してくれるが、先程のように他の者と話をする時は難しい言い回しをしたりする。そうなると庶民の言葉しかわからない紅児はお手上げだ。
「……そなたを貿易商の娘として問い合わせをするには証拠が足りぬということであろう」
「証拠? でも私は……」
紅児は眉を寄せた。
セレスト王国に使者を出すには『弱い』という意味を尋ねた。何がどう弱いのかわからない。
「そなたがそうだということは我らにはわかる。だが唯人には理解できぬようだ」
「…………」
紅児も理解し難かった。身一つでは己の出自を証明できない。
つまりは紅児であるという証拠の品か何かがなければ、本来問い合わせにも難色を示されるということ。
(そんなもの、あるわけないのに……)
何もかも海に流れてしまった。人も物も全て。
(おそらくはお父様も……)
情けなくなった。自分が何者であるかも証明ができないなんて。
「気に病むな。花嫁様があそこまで言われたのだ。必ずかの国に安否は伝わろう」
「…………」
紅児はコクリと頷いた。
本当に、あの時陳に出会えてよかったと思う。赤い髪の花嫁に引き合せてくれた。
一歩一歩確実に帰国へのプロセスを歩んでいるように思えるが、あれから既に三年が経過している。過ぎてしまえばあっという間とも言えるが、とても濃密な三年間だった。そして今もまた濃密な時を過ごしている。
(お母様は……息災かしら……)
心配性の母だった。もしかして心労などで倒れていなければいいけれど。
絶望的だった帰国への一条の光明に、やっと紅児は自分を待っているだろう家族の安否を思う。そして今までそのことを考えもしなかった己に嫌気がさした。
「紅児」
いきなり口の前に春巻を出され、紅児は反射的にパクリとかぶりついた。
(あ)
はっと気づいて差し出した本人を見れば、ひどく優しい表情をしていた。
もぐもぐと口を動かしながら紅児は真っ赤になった。普段あまり表情が動かない美貌が優しくほころんだことで紅児はひどく動揺してしまった。
どうにかごっくんと飲み込んでお礼を言おうと口を開けば今度は包子を差し出された。今度は反射的にかぶりつかず差し出した主を見れば優しく己を見つめている瞳と合ってしまう。紅児は熱くなる頬を誤魔化す為にかぶりつかざるをえなかった。
そうしていつのまにか箸を奪われ、公衆の面前で「あーん」を延々させられたと気付いたのは皿の中身がなくなってからだった。
……穴があったら入りたいとはこのことである。
(ななななんてことをなんてことをなんてことを……)
実の両親も大概仲がいいと思っていたがさすがに人前で「あーん」はしていなかった。
(誰か指摘してくれればよかったのに)
とはいえ実際に指摘されたら裸足で逃げ出すであろうことは想像に難くない。なのに紅夏が嬉しそうにお茶まで持ってきてくれるものだから席を立つわけにもいかず、紅児は俯くことしかできなかった。
「何を恥らう」
さらりと言われ、紅児は絶句した。こちらが恥ずかしがるとわかっていて紅夏はあんなことをしたのだ。
「……なんで……」
わなわなと唇が震え、うまく言葉が紡げない。
「そなたは我の『つがい』。給餌は当然のことだ」
(えええええ!!!?)
絶対当然ではないと紅児は思う。四神の眷族にとっては百歩譲って当然なのかもしれないが、少なくとも人は違うはずだ。
「……当然では、ないと思います……」
消え入りそうな声でどうにか反論すると紅夏は眉を寄せた。
「そうか。なれば慣れるように」
「…………」
もうどこをどう突っ込んだらいいのかわからない。紅児は脱力した。
そしてふらふらと仕事に戻ったのだった。
その後、当然のことながらみなの好奇心に溢れた視線が痛かった。
紅児はたまらず入浴前に侍女頭である陳を捕まえに行った。
陳は少し困った顔をした。
「……紅児は紅夏様のことをどう思っているの?」
「……まだよくわかりません」
「そうよね……」
嫌いではない。それだけははっきりと言える。
「……いろいろあって複雑だとは思うのだけど、四神や眷族にとって『食べさせる』という行為は求愛行動の一つなのですって。だからそれを食べたということは……」
紅児はぼんっ! と全身が熱を持つのを感じた。
「し、ししししし知らなかったんですっ!!」
「知っているはずないわよね……」
陳は嘆息した。
「白雲様に聞いてきましょうか?」
「あ、いえ……」
そこまでしてもらうことではない。
「紅夏様と話してみます」
「そう?」
きっぱり答えると、陳は微笑んだ。
寝る前床に転がり、紅児はまた考えていた。
先日花嫁は出航した記録とか、天候とかを気にしていた。それはつまり紅児の乗った船が難破したことを示す証拠として必要だと思われたのだろう。紅児は自分が嘘をついていないことを知っているし、四神宮にいる人々は紅児を信じてくれている。
けれど確かに紅児の存在が怪しいと言われればそうだ。
ましてセレスト王国は遠い。船で片道二カ月もかかるところに問い合わせをするのは簡単ではないだろう。
(感謝しなくては……)
ここまでしてもらって何を返せるのだろう。
(例え帰れなくても……)
そして紅夏は紅夏で、あんな形ではあったが自己嫌悪に陥りそうになる紅児を引き上げてくれたに違いなかった。
(やり方はあまりいただけないけれど……)
あれが求愛行動だというならば、本当に紅夏は自分を想ってくれているのかもしれない。
まだ十四歳だというのに紅児はものわかりがよすぎる。それが余計にみなの同情を買っているとは紅児は知らなかった。




