19.有意
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これからもがんばりまっす。
侍女の仕事ははっきり言って「忍耐」が必要だった。
朝早く起きるのは紅児にとって苦にならない。
髪を結ったり身だしなみを整えるのはまだしばらく他の侍女の手を借りるようだ。朝食は一度に全員ではなく二班に別れて交代でとる。昼・夜共に同様である。
紅児は一応客人扱いなので花嫁の部屋付にしてもらえた。それがよかったのかどうか紅児にはわからない。
花嫁は部屋にいないことの方が多い。夜は四神の誰かの室で過ごすし、朝もあまり早くは起きてこない。朝食は四神の室で取ることが多いし、やっと戻ってきても昼食前に身だしなみを整えるぐらいである。昼食後も四神と過ごすことが多いので部屋に戻ってくることもめったにない。夕食前にまた身だしなみを整える為に戻って来、夕食後は四神と茶室に移動。そのまま入浴。入浴後は一旦部屋に戻ってくるがすぐに玄武か朱雀が迎えに来る。
つまりは身だしなみを整える時ぐらいしか使用しないので、なんの為に部屋があるのか紅児にはわからなかった。
それでも侍女は最低二人、花嫁の部屋の居間にいないといけないらしい。更に女官である延が加わる。延はそれでもよく部屋を出て行っては花嫁の行動を把握しており、事前に衣装の準備や食べ物、飲み物等を確認しているようだった。
仕事中は私語も禁止である。朝花嫁のいない間に部屋の清掃をしてしまうと後はほとんどすることがない。日がな一日ただ部屋の中で立っているというのはなかなかに苦痛だった。
それでも食事時になればみなと食堂でおしゃべりができるし、3日に1度は花嫁宛の贈物を選別することもできる。色とりどりの贈物は見ているだけで楽しいし、一応花嫁が選んだ後ではあるが、これが似合いそう、これはちょっと、などと侍女たちと言い合うこともできるのだ。選別した品物の中で不要とされた物は換金され、そのお金は国内の病院や孤児院のようなところに寄付するのだという。しかもその案を出したのが花嫁だというから紅児はすごく驚いた。
「私は普通の家の出だから、紅児とか延みたいな上品さはないのよ。馬が作るような場末の小吃が好きだし、どこかへふらっと旅に出るのも好き。まぁ……今は無理だけどね」
少し時間がある時、花嫁はできるだけ紅児にそうやって話をしてくれたりと気を使ってくれる。
普通というのがどの辺りの家柄なのか紅児にはわからなかったが、町へ気軽に出ることのできる立場だったのだろうということは推察できた。
この国の人間は紅児にとって年齢よりも若く見えるが、花嫁が22歳だというのはさすがに驚いた。自分より1つか2つ上ぐらいにしか見えなかったからだ。
だが歳を聞いてやっと、その落ち着きようとか、知識の幅や物事の捉え方などに納得したのだった。
ただただ無言で立っているという時間が増えたせいか、その間紅児はいろいろなことを考えるようになった。
それは花嫁のことだったり、自分の今後のことや養父母のこと、そして時折ちょっかいをかけてくる紅夏のことだったりした。
図々しいとは思ったが紅児は給金を一か月分前借りして養父に渡していた。紅児にはこちらでのお金の価値というのが未だによくわかっていなかったが(村で買物もほとんどしたことがない)、どうも四神宮の一か月分の給金は王都と秦皇島の村を往復してもまだあまるほどだと言われた。
養父は子供にお金をもらうなどとんでもないと言ったが、紅児は引き下がらなかった。
お金では清算できない程の恩がある。せめてお金だけでも受け取ってもらえなければどうすればいいのだ。もちろん今後も給金をいただいたら全部とは言わないが送るつもりだ。
住み込みだから着る物も食事もお金はかからない。そこらへんは別に取られるところもあるらしいが四神宮では一切かからないと言われた。
最初の1年の休みは、月に1回らしい。紅児は客人という立場だから何日か前に言ってくれれば自由に休みはとってもいいとは言われている。けれどせっかくお金をもらって働くのだからできるだけがんばろうと思った。
侍女頭である陳や侍女たちは概ね紅児に好意的だった。黒月は玄武と花嫁以外には興味がなく、延もまだ何を考えているのかよくわからない。ただ、時折青龍の眷族である青藍と一緒にいるところを見かけた。遠目で見るだけなのでどういう関係なのか不明だが、侍女たちが言うには2人は恋人同士なのだという。
陳には、「個人的なことだからほおっておいてあげてね」と言われた。それは紅児も異論はなかった。
と、1週間で少しは慣れてきたのだがどうにも不可解なのは紅夏の存在だった。
紅夏は朱雀の眷族なのだと聞いた。眷族、というものも紅児にはさっぱりわからない。
「主に四神のお世話とか、教育係みたいなものとは聞いているわ。白雲様は白虎様と同じように以前の花嫁様から産まれたと言っていたけど……」
陳もよくわからないらしく、知っている範囲で教えてくれた。白雲と恋仲らしい陳も知らないのなら紅児にわかるわけもないと思い、一旦そのことは考えないことにした。
昼食の後や花嫁の湯あみの後、移動する為に四神宮の回廊を歩いていると、必ずと言っていいほど紅夏の姿を見かけた。こちらは見かける、という程度なのだが紅夏の視線は明らかに紅児に向かっていて少し居心地が悪い。最初のうちは気のせいだと、自意識過剰だと思ったが、誰かと一緒の時も1人の時も視線は同じなので紅児に向けられたものなのだということは明らかだった。
働き出して4日目ぐらいに意を決して声をかけてみた。
「紅夏様、あのぅ……いつも私のこと見てらっしゃるように思うのですが……。気のせいだったら……」
「そなたを見ていた」
気のせいだったらごめんなさい、と言おうとしたが遮られ当り前のように答えられた。
「え……あの……どうして、ですか……?」
「そなたが気になる。だから見ていた」
直截的な科白に紅児はぼんっ! と全身真っ赤になった。
(気になる? 気になるって、木になる? それとも器に成る?)
頭の中は完全にパニック状態である。
「……えっと……それは……なんで……何が気になるのでしょう……?」
紅夏は少し考えるような顔をしたが、端的に応えた。
「わからぬ」
「え……」
紅児は目を見開いた。
(やっぱり……自意識過剰なんじゃ……)
そう落胆しかけた時、静かな声がもっととんでもないことを言った。
「このような感情は初めて故我にもわからぬ。だがそなたを見ると、白雲兄や青藍の気持ちが理解できそうにも思えるのが不思議だ」
(ぎ、ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーー!!!)
「し、失礼しますっ!!」
紅児はどんどん上昇する自分の体温に耐えかね、急いでその場から逃げだした。
(これは夢、夢に違いないわっ!!)
あんな美しい人が自分に懸想するなんて紅児には信じられなかった。
紅児は十分きれいな娘なのだが、産まれてこのかたそういう対象として見られたことがないせいか(紅児が気づいてなかっただけともいう)からかわれているとしか思えなかったのだ。
(髪が赤いから、それで紅夏様は気になっただけ……)
そう思うと紅児は自分の赤い髪がひどく憎らしく感じた。
紅児は自分ではまだ気づいていなかったが、この時すでに紅夏を意識しはじめていた。
「有意」男女間で気があること