18.新しい生活
大部屋で寝起きをするのは初めてだった。
全てが新鮮で、たいへんだけれどもそれが楽しい。
紅児は四神宮の侍女として働き出した。
正直洗濯や皿洗い、野菜の皮むきなどを担当する下女でもいいと思ったが、本当に侍女の数が足りないらしく止められた。ぼろぼろの手には肌にいいという軟膏が塗られ、すぐに紅児の肌は娘本来の美しさを取り戻した。
打身はなかなか治らなかった。若いうちはそれでも治りが早いとは言われたが、ここ数年の栄養失調がたたったのと、おそらく元々過ごしていたような場所にきたことで体がほっとして、今までの疲れがどっとでたのではないかと言われた。確かに紅児はひどく疲れていた。
体が元に戻るまで休んでいてもいいと言われ、それから3日間はいくつか確認をしたり、花嫁とお茶をしたりして過ごした。
「本当は侍女ではなくて私の話し相手でもいいのだけど、そうすると貴女が暇になってしまうと思うの」
花嫁がにこにこしながら言うことに紅児はとんでもないと首を振った。ただでさえお世話になりっぱなしなのにそんな図々しいことはできない。
ただ与えられた3日間は四神や花嫁のことを知る必要がある為いろいろ質問させてはもらった。
四神の花嫁というのはたった1人。降臨してから1年間王城の四神宮に住むらしい。その間に四神のうちの誰と結婚するかを決めるのだという。
それを聞いて紅児はほっとした。四神にたった1人の花嫁、と聞いた時点で4人の男を手玉に取る悪女を連想してしまったからだった。ただ誰かに嫁ぐまでは体の相性も含めて決めるらしいとも聞き、それは少し複雑な気持ちになった。
けれど紅児の母国の実情を思い浮かべればそれもありなのだとは思う。紅児は11歳にこちらへ来たので性教育は受けていないが、母国では13歳になると一斉に性教育の授業を受ける。結婚後の不倫に対しては厳罰だが、結婚前はみな乱れたものだと聞いていた。
というのも、母国では男女共に結婚前必ず他の誰かと性行為を経験しているのがいいとされている。結婚相手が童貞や処女だったりするとそれが原因で別れるというケースもあるぐらいである。男性が童貞、というのはまずないらしいが女性が処女ということはありうる。処女であることがわかれば離縁されてしまい、それを理由に離縁されたとわかればその後の結婚も難しい。『魅力のない女』というレッテルを貼られてしまうせいだ。(王侯貴族は例外らしい)
だから紅児の国ではみなこぞって成人前に性行為をする。紅児の国の成人は18歳。この国の成人年齢よりも3年後である。
紅児は現在14歳。この国では来年成人する。そう考えるとなんだかむずむずするものを感じてしまう。
母国の友人たちは、結婚前にいっぱいいろんな人と関係を持って最高の相手と結婚するのだと夢を語っていた。早ければ14歳で性行為を行う子もいるらしい。まだまだ先のことだと思っていたことが、成人が近付くにつれて現実味を帯びてきた。
(でもこの国では結婚するまで処女でいなければいけないのだったかしら)
男性のことはわからないが、確か女性はそうだったように思う。紅児の国とは反対だ。
そう考えると花嫁の件は異例だが、相手が神様なのでそこはやはり違うのだろう。
「他人事とは思えない」という科白の意味も聞いてみた。
花嫁は少し考えるような顔をして説明してくれた。
「紅児は他の国から来たでしょう? 私も似たようなかんじなの。私の場合は別の世界……わかるかしら。簡単に言ってしまえば、全く知らないところから気がついたらこの国に連れてこられていたのよ」
「それは……誘拐、ですか?」
状況に一番近いであろう単語を呟くと、花嫁はきょとんとし、そして爆笑した。
「そうよねぇ! やっぱり誘拐みたいなものよね! あははははははっ! ……あー、楽しい……」
花嫁はひとしきり笑った後何度も軽く頷いて自分に言い聞かせるように言った。周りにいた者たちがぎょっとしたような顔をし、黒月からは鋭い視線が突き刺さる。それは、視線で人が殺せるならもう百回ぐらい殺されてもおかしくないほど鋭利だった。
しかしその日花嫁の椅子代わりになっていた白虎は無表情だった。
「確かに私からすれば誘拐されたようなものだわ。白虎様、何か申し開きはある?」
面白そうに白虎に問う花嫁を、みな固唾を飲んで見守った。白虎は少し考えるような顔をする。
しばらくそのままでいたが、やがて口を開いた。
「……そうだな……だがこの世界には香子が必要だ。もちろん我らはそなたを待ち望んでいたぞ。我らを夢中にさせる花嫁を……」
言いながら白虎は花嫁の顎をくいと持ち上げ、それが自然だと言わんばかりに口づけた。
紅児は真っ赤になった。
すぐ誰かに腕を引かれその場から退散させられたので、その後白虎と花嫁が何をしていたのかは知らない。
それよりも紅児自身がたいへんだった。
「……貴様……めったなことを言うでない……」
ぐいぐいと花嫁の姿が見えないところまで連れていかれ、その腕の主は誰だろうと確認する前に頭上からおどろおどろしい声が降ってきた。黒月だった。
紅児は背中にだらだらと冷汗をかく。
(さすがに、誘拐はまずかったかしら……)
けれどそれ以外に該当する単語が紅児には見つからなかったのだ。「召喚」という言葉は未だに理解不能である。
「ごめんなさい! 以後気をつけます!」
紅児は深々と頭を下げた。黒月はそれに面食らったようだった。
「……そ、それならいい。以後気をつけるように……」
「はい、よろしくご指導ください!」
頭を下げたまま言う。黒月は紅児をすぐに解放した。
黒月の背を見送り、その姿が見えなくなった後紅児はほおっとため息をついた。
本当は言い訳をしたかった。だが小さい店とはいえ客商売をしていたので、多少は相手によってどう対応したらいいかわかっていた。
養父母は誠実な人だった。どんな客を相手にする時もきちんと目を見て対応していた。いちゃもんをつけてくるような輩にはそれが客であっても容赦はしなかったが、その姿勢を見て紅児は育ったと言っていい。
黒月は悪い人ではない(そもそも人ではない)。四神や花嫁を大切に思うあまりあのようにきつく見えるのだろう。
ぽん、と肩を叩かれた。侍女たちだった。
「紅児さん、やるわね」
にこにこしながら言われ、紅児は複雑そうな顔をした。
「黒月さんは不器用なのよね」
「そうそう。もっと打ち解けてくれたらいいのだけど」
侍女たちも黒月を好意的に見ているようだ。
(うまくやっていけるかも)
そして新たに侍女としての生活が始まったのだった。
どこかで聞いたような設定ダナーと思われた方、気のせいではないと思います(笑)
23:10 なんかへんなマーク入ってましたので修正しました。




