17.寛大
実際離れていたのは1日半ぐらいだが、紅児は養父と抱き合って再会を喜んだ。
そのすぐ後ろで所在なさげに立っている中年の男性がいたが、もちろん2人は気にも留めない。趙が男性の肩を軽く叩く。男性は恥ずかしそうに顔を掻いた。
「おとっつぁん、心配かけてごめんなさい! 四神宮に勤めている陳さんに助けてもらったの」
「……そうか。そうか、無事でよかった、よかったのぅ……」
2人は泣き笑いしながらお互いの無事を確認し合った。まだ紅児は体が痛むところもあったが養父との再会でそれも吹っ飛んでしまった。
コホンと咳ばらいの音がし、紅児ははっとした。四神と花嫁の御前だった。
「お互いの話はまた後にしてもらおう。花嫁様から大事な話がある」
白雲の言葉に紅児と養父も居住まいを正した。白雲はこういう時必ず花嫁についているようだった。
花嫁は優しく微笑んでいた。
「喜んでいるところ悪いけど、まず紅児の今後のことを少し話しておきたいの」
すぐ横でやっと花嫁の存在に気付いた養父ががたがたと身を震わせている。「これは夢じゃ、夢じゃ……」とぶつぶつ小さい声で呟いているのが心配だった。
趙が前に出た。
そこで聞かされた内容は紅児と養父が目を見開くのに十分だった。
紅児の実の父親を調べ、可能であればセレスト王国へ問い合わせをすること。
ただ3年以上前のことなので調べるのに時間がかかることは予想される。最悪紅児の父親の名前が見つからなければ問い合わせはできない。
ここで四神宮の事情というものを説明された。
つい先日四神宮に勤めていた侍女が家庭の事情で辞めたらしい。そこで差し支えなければ紅児に侍女として勤めないかと打診された。
「できれば花嫁様がこちらにいらっしゃる間勤めていただけると助かりますが、事情が事情ですから途中で辞められることも考慮はします」
花嫁が王城に過ごす期間は約10か月弱だという。
それが長いのか短いのか、紅児にはわからなかった。だがもしかしたら国に帰れるかもしれないという希望がでてきたような気がした。
それにしても。
「あの……どうしてそんなによくしてくださるんですか?」
自分で言うのもなんだが紅児は得体の知れない娘だ。もちろん話したことに嘘はないが、もしも自分ならこんなに親身になって手助けしようと思うことはないだろう。
花嫁は笑んだ。
「……他人事と思えないから、かしら? それにね、私この国が好きなの。だからこの国に有利なことはできるだけしたいのよ」
(有利なこと?)
紅児によくすることがこの国に有利になるのだろうか。少し考えてみたがわからない。
「エリーザは、皇帝に目通りできるような貿易商の娘なのでしょう?」
そこまで言われてやっと合点がいった。
父親の生死は不明だが母親は紅児を探しているはずだ。紅児はグッテンバーグ家の1人娘なのだから。
つまり問い合わせることでセレスト王国に恩を売ると花嫁は言っているのだ。ただ、問い合わせるにはそれなりの根拠がいる。3年前に紅児の父親が皇帝、もしくはそれなりの高官に会ったという証拠が必要なのだ。
「父の言っていたことが確かなら……王様に会ったのだと思います」
「それなら記録か何か残っているのではないかしら」
その後は趙の側にいた男前な男性が引き継いだ。
「恐れながら申し上げます。陛下の面会記録は全て残してございます。ただ……3年前と言いますと探すのにお時間いただく形になりますが……」
「1ヵ月では厳しいかしら?」
「努力します」
「ではよろしくね」
現れる男性がことごとく美形なのにも驚くが、花嫁に尊大さが全くないことにも驚かされる。
花嫁が戻っていった後、趙とその側にいた男性に声をかけられた。父親の名前を教えてほしいと言う。
「父の名はエンリケ・グッテンバーグといいます」
趙の側にいた男性は王英明と名乗った。2人共首をひねりながら紅児の父親の名前を書いていた。当然のことながら何度も何度も聞き返され、本当に探せるのかと紅児は不安になった。
そこでふと、セレスト王国の言葉を話せる者はいないのかと考えた。
「あの……セレスト王国の言葉がわかる方はいませんか?」
「通訳か」
「そうだな、探してみよう」
紅児はほっとした。
自分がこの国の言葉を難しいと思うなら逆もまたありうる。その後『謁見の間』の横手にある庭で、やっと紅児は養父と話をすることができた。
四神宮の厨房でたまに働いているという馬遼にも挨拶をした。
「春巻とか、とてもおいしかったです」
「そいつぁよかった! 花嫁様はうめぇうめぇって食ってくれるんだが他の連中はどうもなぁ……。やっぱ見た目っつーのも大事だな!」
そう言って馬はがははと豪快に笑った。
紅児は目を丸くした。
紅児たちが食べているような市井の物を花嫁が食べる?
ますます花嫁のことがわからなくなった。
それから今までのこと、今後のことを養父と話し合った。
「紅児の好きにすりゃあええ」
養父は優しい顔でそう言ってくれた。
侍女として仕えれば給金も出る。それが紅児にはとても魅力的だった。
給金は全てとは言わないがほとんどを養父母に送るつもりだ。2人でだって生活はたいへんなのに紅児を受け入れてくれたのだ。それぐらいするのが当然だと紅児は思う。
「おとっつぁんは馬さんのところで世話になっているの?」
「ああ。明日からは店の手伝いもしねぇとな」
紅児は頷いた。
今後どうするかは、もう紅児の中で決まっていた。
恋愛。。。恋愛はどこに。。。どっか落ちてませんかーかーかー(ぉぃ




