15.重なる偶然
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どうにか小部屋に戻った紅児はひどく疲れていた。
あの後もさりげなく口元をぬぐわれたり、気を使って「何か食べますか?」と聞けば食べかけを当り前のように取られたりと非常に心臓に悪かった。
(紅夏様って……男性よね……)
ひどく綺麗だがどう見ても女性ではない。
今まで、あそこまで紅児に近付いてきた人はいないように思う。親や親戚は別だが、まずどうして紅夏は大部屋の前にいたのだろうか。
(もしかして……陳さんを通して白雲様から頼まれたのかも)
そう考えてほうっと息をついた。陳はとても親切だから頼んでくれたのかもしれないと思ったら合点がいった。ただ、ほっとすると同時にどうしてか少し寂しくなった。
首を振る。
(自意識過剰、自意識過剰……)
夢を見るのは勝手だけど、そんなことは絶対にありえない。
昼は大部屋の侍女たちが呼びにきてくれた。
「おなかがすいたでしょう? 声をかけなくてごめんなさいね」
申し訳なさそうに言われて紅児は首を振った。
「あ、いえ……紅夏様が食堂まで連れて行ってくれて……」
「えええええ!?」
「紅夏様って紅夏様よね!? 赤い髪の!!」
「えー!! 眷族ってそうなの? やっぱりそうなの?」
「そっかー、紅夏様は紅児さんだったのねー。それじゃしょうがないわ……」
紅児はわけがわからず目を白黒させた。彼女たちはひとしきり好き勝手に言い合い、満足したのかにっこりした。
「私たちから離れないようにしてね」
紅児は頷いた。
昼食も似たような形式だった。また端っこの方に朝も食べたと思しき春巻等があった。誰かがあれから食べたりしたのか数は少なくなってはいたが依然としてそのままである。
(十分おいしいのだけど……)
紅児もいろいろ手伝って作っていたがこんなにおいしくは作れない。
包み方も雑だし焦げ目もある。だからみな食べないのだろうか。
ただやはり冷えた物を率先して食べたいとは思えないので、手前にいた厨師に聞いてみることにした。
「すいません、この揚げ物類って揚げ直してもらうことはできますか?」
顔を上げた厨師が、紅児を見て驚いたような顔をする。
(あ……)
紅児は無意識に髪に手をやった。ここの人々が自然に接してくれていたから自分の髪や目の色のことを忘れていた。
「いいが……真黒になるかもしれないぞ」
「それでもいいです」
「じゃあ貸しな」
言われて皿を厨房と食堂の間の仕切り台に乗せる。厨師ははにかむように笑った。
「嬢ちゃんはこういう物の方が口に合うのかい?」
「……他のもすごくおいしいんですけど、おとっつぁんの作る物と似ているので……」
「そうかそうか。そう言ってもらえると馬も嬉しいだろうな」
「……え?」
今言われたのは人の名だろうか。紅児は思わず聞き返した。料理人はああ、と気付いたような顔をした。
「嬢ちゃんは昨日? 来たばかりか。いや、理由あってここに出入りしてる市井の厨師がいるんだよ。この王城のすぐ近くで屋台をやっているらしい」
「その人は馬というんですか」
紅児は声が震えそうになるのをどうにか押さえた。
「ああ、馬遼って立派な名のおやっさんだ」
「あの、その馬さんはこちらに……」
「いや……今日は来る日なんだが、ちょっと困ったことがあったらしくて朝の分だけ作ったら帰ったな」
厨師が考えるような顔で言う。
(困ったこと?)
それはもしかして自分のことではないのだろうか。
姓が同じだからと言って親戚とは限らない。そんなことは紅児だってわかっている。
「困ったことって……」
「なんだっけな? 親戚が王都に出てきたのはいいけど、一緒に来た子供とはぐれたとか……」
それは。
「見つかってないんですか?」
「ああ、そうらしい。だから探すのを手伝わないといけないとか言ってたような……」
「成! 何油売ってんだ!」
「はい、ただいま!」
厨師は皿を持って厨房の奥に行ってしまった。揚げ直してくれるのだろう。
それよりも。
「どうしよう……」
紅児は呟いた。
ここにも偶然が転がっていた。
親戚。子供とはぐれた。そして馬という姓。
間違いなくここに来ているという厨師は養父の親戚だ。
ということは養父は無事親戚の店に辿り着いたのだろう。
その点について紅児は安堵した。自分のように馬車道に投げだされたとか、怪我などをしていなければいい。
紅児は幸い無事だった。早くそれをせめて養父に伝えなければ……。
「紅児さん、どうしたの?」
いつまでも戻ってこないので呼びに来てくれたらしい。侍女の1人に声をかけられてはっとする。
「あ、はい。あの……」
どう切り出せばいいのだろう。内心焦っていると目の前の台に、
「揚がったよ。熱いから気をつけてな」
二度揚げを頼んだ春巻等が置かれた。そのまま踵を返そうとする厨師を引きとめる。
「あの! 馬さんと連絡を取りたいんですけど!」
「連絡? 明日、はこないが3日に1度ぐらいは来るから……」
戸惑う厨師に必死で言い募る。
「それじゃ駄目なんです! 私なんです! はぐれた子供は私なんです!!」
厨師も侍女もぽかん、としたように紅児を見た。何を言われたのかさっぱりわからないというかんじである。
「馬さんの親戚は私のおとっつぁんなんです! 今頃、今頃すごく心配してる……!!」
感極まって目頭が熱くなり、涙が目を覆った。
「お、おい……」
「紅児さん……」
狼狽をどうにか落ち着かせようと声をかけられるが、紅児はそれどころではなかった。
昨日から養父は必死で紅児を探してくれているのだ。紅児がここでのんびりしている間も紅児のことを心配しているに違いない。
「おとっつぁん、ごめんなさい、おとっつぁんっ!!」
せっかく拾ってくれたのに。せっかく大事にしてくれたのに。せっかく、せっかく王都まで連れてきてくれたのに。
「紅児」
いつのまに近付いてきていたのか、耳に心地いいテナーがすぐそばで響いた。
何故かそれに、紅児はひどく安堵した。