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11.寮内の人々

 白雲(バイユン)という先程の男性も人ではないのだと、(チェン)は少し恥じらいながら教えてくれた。

 人ならざる者との恋愛というのはどういうものなのだろうか。白雲の陳を映す瞳には明らかに感情の火が灯っていた。それはとても狂おしく触れれば火傷してしまいそうな、そんな予感がするものだった。

 恋、というものが紅児(ホンアール)にはよくわからない。

 国では年上の少年に淡い恋心を抱いたこともあったが、陳と白雲のようなしっかりと形になっているものではなかった。そして養父母のところにお世話になってからは恋をしている余裕はなかった。毎日生きるのに精一杯で……。

 少しぼうっとしていたらしい。

 白雲が戻って来、浴室を使う許可が出たと教えてくれた。たいへん申し訳なく思ったが陳も嬉しそうなので使わせてもらうことにした。

「少し待っていてね」

 陳はそう言うと部屋を出て行った。白雲もすでに退室していたから紅児は部屋に一人になった。

 そういえば持っていたはずの荷物はどうなったのだろう。金目の物は入っていなかったが何から何までお世話になっている紅児にとっては服1着だって大事だった。

 村に帰ることになったらまた買わなくてはいけないだろうか。できるだけお金は使いたくないのだけれども。

 そんなとりとめもないことを考えていると、部屋の表からにぎやかな声が聞こえてきた。ふと顔を上げた時部屋の扉が開いた。

「待たせてごめんなさい、行きましょう」

 陳に手招きされ戸惑いながら扉へ近付く。陳の後ろから複数の女性の顔が覗いていた。

「まぁ、本当に……」

「腕が鳴るわ」

 好奇心丸出しの視線に後ずさろうとしたが、にっこりと笑んだ陳に腕を取られ、そのまま部屋の外に連れ出されてしまった。ぱたん、と扉が閉まる。

「さ、参りましょう」

 女性たちに囲まれる形で浴室へ向かう。紅児はもう、考えることを放棄した。


 結果として、紅児は全身磨きあげられた。

「冷たくてごめんなさいね」

 湯を沸かすのは四神や花嫁が入る時だけなのだと陳が申し訳なさそうに言う。四神宮の浴室は2か所あり、夕食の後花嫁がすぐ入れるように両方の浴槽に湯を張るらしい。四神宮に仕えている者たちがその湯を使うのは基本夜中以降で、四神宮の浴槽から直接こちらの寮に引いているのだという。

 紅児はまず水の温度に体を慣らしてから、水を満たしたところに少し湯を足した盥に入れられた。水に浸かることで汚れが落としやすくなるらしい。

 その後は村ではついぞ見なかった石鹸で全身を洗われた。

 少しごわごわしたが髪と皮膚の色が本来の色を取り戻すと、「まぁ……」と感嘆の声が女性たちの口から漏れた。

「なんて鮮やかな色でしょう……」

「赤、というより朱色に近いかしら」

「この肌の色! なんて白いのかしら!」

 紅児に触れながらのかしましいやりとりに目を白黒させる。国ではみなこのような肌の色をしていたし、赤毛も別段珍しくはなかった。けれどこの国の人間は黒髪黒目に少し黄色がかった肌が普通だから紅児の容姿は奇異に映るのかもしれない。

「終ったなら早く拭いてあげてちょうだい。風邪をひかせてしまうわ!」

 陳の声に女性たちはてきぱきと動きはじめた。瞬く間に着物を着せられ、髪も丁寧に拭かれて結い上げられた。

「花嫁様とはまた違った美しさだわ……」

 みなにこにこして、今度は紅児を別の部屋に連れて行った。その部屋の広さは陳に先に連れていかれた部屋より少し広いというぐらいだったが、等間隔に箪笥と(ベッド)、そして衝立が各一台置かれていた。一番奥に板等で囲った形の部屋のような物があり、そこは元々陳が使っていたのだという。

「今は誰も使っていないからここで待っていてちょうだい」

(はい)

 と答えた時、ぐうう~とおなかから派手な音がした。紅児は真っ赤になった。

 陳が目を丸くする。そしてすぐに笑んだ。

「そうよね、あんなことがあったのですもの。すぐに食べ物を持ってくるわ」

 そう言って陳が小部屋を出ようとしたところで「私共が持って参りますわ」と先程の女性たちが答えた。どうやら中が見えないだけで声を含む音などは筒抜けらしかった。

「お願いね」

 陳は再び部屋の中に戻り、背もたれのある椅子に腰かけた。

「彼女たちが持ってきたら私は一旦席を外すわね。食器はそのままにしておいていいわ」

「……ありがとうございます」

 本当に何から何までお世話になりっぱなしだ。紅児の恐縮した様子に陳がふふ……と笑う。しばらくもしないうちに食べ物が届けられ、陳は小部屋を出て行った。

 持ってきてくれたのはごはんに炒め物を何種類かのせた簡単な物だった。こんなものしかなくてごめんなさいと女性たちに言われたが紅児にとっては十分豪華な食事に見えた。

 こんなおいしい食べ物をおなかいっぱい食べたのは久しぶりで、自然と紅児の顔に笑みが浮かんだ。食べ終えた頃にまた陳が顔を出した。

「四神宮の主官に挨拶に行きましょう」

 責任者に挨拶をするという。紅児は素直に返事をした。

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