106.礼物
案の定紅児の姿を見た養母は絶句した。何故ここに紅児がいるのかわからないというように目を白黒させ、夫と紅児を交互に見、紅夏にキッときつい眼差しを向けた。
「……どういうことですか?」
養母の反応が養父と全く同じだったことに紅児は内心慌てた。だがそれよりももっと慌てたのは養父だった。
「あー! いやそのお前、こりゃあ……」
「あんたは黙っちょれっ!!」
説明しようとした養父だったが、すごい剣幕で遮られる。紅児は肩を竦めた。
「紅夏様、説明してください」
狭い戸口の側で向き合う4人。紅児は頭が痛くなった。暖石と紅夏のおかげで紅児は寒さを感じないが、さすがに座りたい。しかしここでそれを言うのは憚られた。
「先ほど岳父にも伝えましたが、つい先日セレスト王国から紅児の叔父が王都に参りました。事後報告になりますが、紅児と夫婦になりましたので共に海を渡る運びとなりましたこと、ご挨拶に参りました」
ハラハラしていた紅児と養父を尻目に紅夏が淡々と伝える。
さすが夫婦といおうか、養母もまた鳩が豆鉄砲をくらったような表情をし、紅夏と紅児の顔を交互に見、「……あぁ……そうですか……」と呟くように応えた。それからはっと何かを思い出したように、
「しばれるから中へ!」
と2人を家の中に招き入れた。
「……こちらが紅児の叔父上からです」
家の中に山と積まれた贈物の量に養父母は目を白黒させた。
そうでなくても毎回紅夏、紅児、王都の親戚の馬からいろいろもらっているのに、更に今回は四神の花嫁からも、そして紅児の叔父からももらったとあってはその驚愕ぶりは押して知るべしである。しかも紅児の叔父からの分量が異常に多い。
「こ、こなにいただいて……」
養父母は恐縮して小さくなった。
「紅児が世話になった3年分としては少ないぐらいだと申しておりましたので、どうぞお納めください」
紅児もこくこくと頷いた。持って帰れと言われても困ってしまう。
ただこの量、中身は多少気になっている。しかしいくらなんでもここで開けてほしいと頼むわけにもいかないので後で紅夏に聞くことにする。(養父母への贈り物は全て事前に紅夏が確認している)
すると養父母は顔を見合わせ、少し困ったように言った。
「……なら、ありがたくいただくが……少し、そのぅ、親戚に分けてもええじゃろうか……?」
申し訳なさそうな物言いに紅児はピンときた。いきなりこんなに大量の贈り物をもらったとあっては村の者たちが黙っているわけがない。多少はおすそ分けをしないと、養父母もここで暮らしづらくなるかもしれないと思った。
「これはおとっつあんとおっかさんの物だから、好きに使っておくれ。あ、でも花嫁様からの贈り物は絶対誰にもあげないでね」
「ああ、もちろん、もちろんだとも……」
涙ぐんで何度も頷く養父母を見ているうちに、やっと紅児は彼らが身に着けている棉袄(綿入れ)は自分が贈った物だということに気付いた。
(使ってくれているんだ……)
それだけで紅児は胸が熱くなった。
「ところで……海を渡るっちゅうことは、国へ帰るのか……?」
養母が気を取り直したようにお茶を入れ、再び座ると言いづらそうに聞いてきた。紅児はコクンと頷いた。もしかしたら船に乗れないかもしれないが、今のところは帰国の予定である。
「そうか……」
養父は体の前で腕を組むと、少し考え込むような難しい表情をした。それは言うか言うまいか逡巡しているようだったが、しばらくして再び口を開いた。
「……その、な……言いたくなきゃ言わんでええが……親父さんは……そのぅ……見つかったんか……?」
すまなさそうな養父の問いに紅児は首を振った。
「そうか……」
そしてまたしばらく沈黙が続いた。ただそれは、それほど心地悪いとは紅児には思えなかった。そうしてふと、今まで聞けないでいた疑問が自然と口からこぼれた。
「ねぇ、おとっつぁん、おっかさん、あたしがここに流れ着いた時って……どんなかんじだったの?」
養父母は息を飲んだ。
その様子に、今まで聞かされていたことは大分オブラートに包んだものだったのだなと気付いてしまった。




