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10.四神宮の寮

名前のカナは中国語をカタカナで表したものです。

「そちらの娘も連れて帰ってくるようにとのことです」

 戻ってきて開口一番紅夏(ホンシャー)はそう言った。人ならざる者、と言われて納得する程の美貌と無表情。ある意味紅児(ホンアール)は感心した。

 すぐに踵を返した紅夏だったが、「紅夏様もご一緒に」と言われそのまま足を止める。大した荷物はないが支度をし、3人(?)で馬車に乗った。

 向かいの席に着いた紅夏は腕を組み目を閉じた。それから馬車が到着するまで微動だにしなかった。紅児の横に腰掛けた(チェン)は対照的に柔和な笑みを浮かべ、緊張を解きほぐそうとつとめてくれた。

「義理のお父様は探させているけど……どこに行かれるとおっしゃっていたかしら?」

「ええと……確か親戚が王城のそばで小吃(シャオチー)の屋台をやっていると聞きました。おとっつぁんの名字は(マー)なのでおそらく親戚もそうだと思います」

 陳はそれに少し考えるような顔をした。

「馬……まさか、ね……」

 すぐに目を上げて紅児の顔をまっすぐ見る。

「わかったわ。裏口からになるけどこれから王城に入ります。まず私たちの寮に向かうわね」

「あの……なにからなにまで……ありがとうございます」

 紅児は席に着いたままではあったが、深々と頭を下げた。

「いいのよ。ただ……花嫁様には会えるとは思わないでね? お父様が見つかるまでゆっくりするといいわ」

「はい、それはもちろん! その……なにかできることがあればなんでもします」

 陳はそんな紅児に目を優しく細めた。


 馬車は前門の前を通り過ぎ、城壁沿いに北に向かった。

 これは王城の城壁ではないのだと陳は教えてくれた。この城壁の中にもう一つ城壁があり、その中が王城なのだという。城壁はどこまでも続き、いつ辿りつくのかと不安になった頃馬車が止まった。降りた時衛兵に紅児のことを聞かれたが陳が四神宮の新しい侍女なのだと答えてくれた。

 そこにも立派な門があったが、端っこの通用門から中に入った。王城内で働く者たちは基本ここから出入りするらしい。

 中に入ってからは無言だった。陳が先導し、真ん中を紅児、最後に紅夏が続いた。確かにこの方がいいのだろうか、何故か後ろからずっと強い視線を感じて紅児はいささか具合が悪かった。

 やがて陳が立ち止まった。

「趙様にまずお知らせしましょう」

 誰のことかわからなかったが紅児は微かに頷いた。

「我が知らせておきます。寮に向かわれてください」

 それまで石のように黙っていた紅夏が言う。

「……わかりました、お願いします。紅児、こちらへ」

 陳も振り向かずにあっさり頼むと、紅児を促して豪奢な建物の裏手へ向かった。

「先に私が使わせてもらっている部屋に寄ってもいいかしら。その後でどうするか決めましょう」

「はい」

 何が何だかわからない紅児に異論はなかった。そもそもここは王城のどこなのだろう。寮、と言っていたから四神宮のそばなのだろうか。あまりきょろきょろしてはいけないと思い、視線だけを巡らせる。

 豪奢な建物は壁で覆われていた。その外側、いわば城壁側に細長い建物があった。陳はその一番奥の扉を開ける。思っていたよりも中は広かった。背もたれのある長椅子に座るよう促され、紅児は恐縮しながらも腰掛けた。ここ何日も馬車に乗り続けていたせいかまだ体が少し揺れているような気がした。

「お茶を入れるわね」

 当り前のように言われて紅児は驚いた。茶館でもかなりお茶を飲んだと思うのにまた飲むらしい。

 思い出してみれば、確かに紅児も国にいた時は日がな一日お茶を飲んでおしゃべりする、というような生活をしていた。あの頃、まさか食べるのに困るような生活をすることになるとは夢にも思ってはいなかった。

 紅児は自嘲した。

 すでにおなかががぽがぽだったが好意を断ることはできなかった。一口だけ飲んで茶杯を置く。

 その時部屋の扉が開いた。

秀美(シュウメイ)

 入ってきたのは紅夏のように体格のいい、けれど色彩は白い美丈夫だった。

白雲(バイユン)様……!」

 陳が嬉しそうに目を細め、美丈夫-白雲に近寄った。白雲は自然な仕草で陳の腰を抱き、

「変わりないか」

 ととても低い声で聞いた。バリトンよりも低いバスなのに紅児ははっきりと白雲の声が耳に届いた。

(王都って、こんなに美しい人ばかりだったかしら……)

「大丈夫です、それよりも彼女が……」

 陳は頬をほんのりと赤く染めながらも紅児の方を向こうとした、がそれはかなわなかった。陳の顎を白雲の太い指が捕らえる。

「ほう……実家に再び戻るなどと言った原因がそれか」

 そう言う白雲の視線は陳のみに向けられている。

「白雲様……!」

「今夜はお仕置きだな」

「ああ……そんな……」

 紅児にはよく意味がわからなかったが、ひどく淫猥な雰囲気だということはわかった。思わず紅児の顔も赤くなる。

「……あ、の……紅児が望むのならせめて水浴びをと思うのですが……」

 ようやく掠れた声で陳は白雲に言ってくれた。

「それも含めて花嫁様にお尋ねするしかあるまいな……。我にはわからぬ」

「わかりました。黒月様、延様に取次をお願いします」

「あいわかった」

 先程までの甘い雰囲気が一気に払拭され、白雲は静かに部屋を出て行った。紅児はただそれをぽかんと見送ることしかできなかった。

2017/3/11 誤字含め修正しました。

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