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瓶詰め妖精の唄

 皇帝は深く椅子へと腰掛けた。そして麗しの(かんばせ)を手元の小瓶へと向けた。

 ただの透明なガラスの小瓶。中身は何もない。コルクの栓には小さな筒が刺さり、中へ新鮮な空気を注ぐ。

 その栓に耳を傾け、皇帝は目元を和ませた。


「そんなに好い声で鳴いていますか? 貴方のその妖精は」


 一人きりのはずの、皇帝のプライベートな空間。

 王宮の中、もっとも厳重な警備に囲まれた一室。その警備をかいくぐって囁かれた声に、皇帝は自身の座る椅子に立てかけてあった剣を抜こうとして、それが無くなっている事に気付く。

 剣は、声の主がもてあそんでいた。


「お前、どこから入った?」

「……妖精の唄はいかがですか?」


 質問に答えず、手の中の皇帝の剣に視線を注ぐその存在にどうしようもない悪寒を覚える。皇帝の直感が、人ではない、と告げていた。


「きっと、この世の誰しもが、彼女の唄声に酔いしれる。 ……そして手放したくない、と思うのでしょう?」


 皇帝は腰にある隠し武器へと手を伸ばした。体中がこの存在に警鐘を鳴らす。その緊張感が耐え難かった。手の中の小瓶を椅子の横の机に置く。コトリ、と小さな音がして、何もないはずのガラスの中身が揺れた気がした。


「まぁ、私には怨念のこもった叫びにしか聞こえませんが」


 唐突に室内の明かりがすべて消える。室内は真っ暗になった。だが、それは異常な暗さだった。今宵は満月の明かりがまぶしいくらいだったはず。室内のカーテンはいまだ開けたままだった。なのに、真っ暗になるなどあり得ない。

 カタ、とかすかな物音。隠し武器を抜こうとした手を押さえる、何者かの異常なほど冷えきった手。そして、耳元で囁く声。


「彼女は帰していただきましょう。このようなところに囚われて、きっと気分を害しているでしょうから」


 押さえられた手に、何かを掴まされて、冷えた手が離れる。

 それと同時に月明かりも室内の照明も全てが元に戻った。手に持っていたのは、先ほど奪われていた自身の剣。机にあるはずの小瓶は無くなっていた。



「貴方の追い求める彼女も、きっと貴方の手によって小瓶に詰められた妖精になるのでしょうね?」



 どこからともなく囁く声が、皇帝の耳に響いた。




*****




 ボリスは細く息を吐き出した。白い煙のように漂い、夜の闇にとけてゆく。

 教会の横の墓地をランプの明かりだけを頼りに見回る。墓荒らしをするような輩はめったにいないが、これも仕事の一つだ。

 昼間は陽光に照らされ、神の加護に守られる聖なる場所。だが、夜になれば。そこは淡い月光に照らされ、濃い陰をまとい、仄暗い澱みのようなモノを持っている場所にも見える。

 ボリスにとって、教会はそんな二面性を持つ場所だった。まるで、自分自身の様に。

 むしろ、ボリスの方こそが際立っている様にも見える。


「滑稽だ」


 人外で、神の加護など必要ない、と一蹴するようなモノに育てられた自分が。神に仕える者として人々の話を聞く。なんて滑稽な姿だろうか。夜がくる度に自嘲する。けれど考えても仕方が無いのだと息を吐き出す。身の内の闇を夜に溶け込ませるように。そうして朝を待ち、聖人君子の神父様を装うのだ。

 ただし、この日は少し様子が違った。



「……不審な手紙、ですか」

「そう。さっき見回りから戻ったら教会の扉に挟まってた」


 気まぐれに顔を出す養い親がこれまた気まぐれで普段よりも幾分か遅い時間に訪れてみれば。


「内容はなんと?」

「大したことじゃないと思う」


 ぼんやりとした表情で外を見ながら、手の中の紙をひらひらと揺らして教会内を行ったり来たりしている、何とも珍しい神父の姿を目撃した。ひらひらと揺れるそれは上質な紙だと一目でわかる。実は根底で貧乏が染みついているボリスは絶対に自分から使おうとはしない代物だ。


「見せて下さい」


 ボリスの手から手紙を受け取り、目を通す。

 ただ一言『拾いモノです』とだけ書かれている。だが、その下に普通の人間には読めない独特な文字が、まるで模様の様に広がっていた。


『大事にお飼いなさい。きっと彼女は唄ってくれる』


 彼女は唄ってくれる。


「拾いモノとはなんです?」

「この小瓶。中身空っぽだけど、どうするべきかと思ってね」


 ボリスが差し出したその手の中身。それを見た途端に養い親は表情を変えた。


「? ラファエル?」

「……それを、」


 捨てろ、とは言えなかった。ボリスが空っぽだという小瓶。だが確かに、その中には何かがいる。美しい容姿をした、小さな、小さな存在。唄を歌うという彼女。

 本来は心穏やかな妖精だったのだろう。しかし、養い親にの瞳にはそれはすでに狂って見えた。

 美しい容姿、角度によって色の変わる髪。絶えず聞こえてくる妖精の唄。その顔は常に微笑んでいる。だが、その瞳は死んだ魚の様に澱んでいて、美しい歌声は呪詛の様な響きを持つ。

 養い親ですら、手に負えないかもしれないほど、彼女は育ってしまっていた。


「ボリス、キミにはその小瓶はただの小瓶に見えるわけですね?」

「……どういう意味?」

「俺にはそうは見えない、って話です。とりあえず、日中は日のあたる明るい場所で、できれば植物の側においてあげて下さい」

「……ふうん? よくわからないけれど、とりあえずそうするよ」

「なにか、不穏な気配を感じたらすぐに領主殿のところへその小瓶を持っていくように。……すみませんが、俺は帰ります」


 疑問を残したままのボリスを置き去りに、養い親は教会を出て、夜の闇にまぎれて消えた。







「……あんな危険な者を教会に持ちこませた者は誰ですかね? あの手紙はボリス宛ではない、俺へとあてたものですから」


 あれは大事に飼えるようなモノではない。唄われても、それが呪詛と同じような唄ならなおさらだ。

 自身の屋敷へと戻りながらラファエルは呟いた。その手にはボリスから渡されたままだった手紙がある。

 人間には読めない、模様のような文字は魔界の住人が使うもの。だが、読みとれたのは最初の方だけだった。


「ふふ、簡単には許しませんよ。あの場所に不穏なモノを持ちこんだ。見つけ出して、しっかりとその罪を贖って頂きましょう」



矛盾を発見したためちょっぴり修正しました。


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