辺境伯と外交大臣補佐官
軍事大国の皇帝が亡国の王女を探している。
その厳しい規則や他国などを軽く凌駕する戦闘能力と、統率性。そして、歴代皇帝たちの類まれなる統治能力。
歴史ある国々から野蛮な獣達の国、と嘲られながらも、それらの能力を持って着々と国は大きくなり、今では新興国でありながら、世界にそれなりの影響力を持つ国にまで成長した。
その大国の皇帝が、自身が数年前に滅ぼした歴史ある神国の王女を探しているという。
それは、各国の上層部の間で実しやかに囁かれていた噂。
その噂が、いよいよ真実味を持って動き出していた。
*****
辺境伯の治める土地。
王都では終焉の地、終わりの町、など散々な呼ばれ方であらわされる、この国の本当に隅に存在する土地だ。
だが、辺境伯はそんな事をちっとも気にした事が無い。この地にすむ人々もそんな領主の気性を受け継いでいるのか、のほほんとしたもので、ちっとも気にしていない。そもそも地元愛が強いのか、この地から王都へと居を移す人間は本当にまれだったりもするのだが。
そんな辺境の土地の領主、ヘリオスはめったに悩む事をしない。それは彼の良く言えば果断即決、悪くいえば少々後先考えない性格と、のほほんとした「これがだめならこれでもいいか」という柔軟な考え方によるところが大きい。
その彼が、珍しく頭を悩ませていた。
「……おい、いい加減こちらの話を聞く気にならないのか?」
ヘリオスはその美しい顔に憂いを含ませた目で目の前の人物を見やった。
今日は珍しく、王都からこんな辺境に来客があった。
外交大臣一等補佐官、ウーリ・トレッチェル。
一文官からメキメキと頭角を現し、若くして政治の中枢に片足を突っ込むまでに至った、出世を夢見る人々の希望の光。
ヘリオス同様、彼もまたその顔は憂いを滲ませていて、若干ヘリオスよりもやつれていた。
「ちょっと待ってくれるかい、今、僕は重要な局面に立っているんだ……っ」
徐々に苛立ちからか、外交官としてのポーカーフェイスが崩れかけている相手にヘリオスは苦悩に満ちた返事をした。
何をそんなに悩んでいるのか。
ウーリには理解が出来なかった。
今からニ十分ほど前、ヘリオスのいる応接間に通されたウーリ。すぐに侍女が紅茶と茶菓子を出して退出した。
そこからニ十分。
つまり、今現在に至るまで、ヘリオスは何かに悩んでいるのである。
「……何をそんなに悩んでる?」
「僕は常々思っていたんだ」
ヘリオスは沈痛な面持ちで語りだした。
曰く、このお茶菓子ってコーヒーにはすごく合うんだけどさぁ、紅茶には絶対合わないよ。
「……」
「ねぇ? ウーリもそう思うでしょ?」
てめぇはまじで黙ってろ!!
隣の部屋で控えていたクレアの耳に、とっても高価で繊細な何か(たぶん茶器)が大破する音が響くのはこの数秒後。
***
「で、話を聞く気にはなったのか」
「そりゃぁねぇ。あんだけ絞られたら嫌でも聞くよ」
激怒したクレアの嵐のような小言にさらされながら、割れてしまった高価な食器のかけらをちまちまと集める事一時間。さすがのヘリオスもこれには参ったらしい。ついでに言えば、ウーリだって相当参っている。
「で、王都から一番遠いこんなところまでわざわざ外交大臣一等補佐官ともあろう方がはるばるやってくるなんて、どうせとんでもなく面倒なことなんでしょ?」
その通り。ものすごく面倒なことだ。
ヘリオスの言葉に、よくわかったな、と言葉を返せば。
「僕を誰だと思ってんのさ」
と自信に満ちたような答えが返ってきた。そうだ。この領主は見た目通りの人間じゃない。
幼少の頃から知っている。この男の立ち回り方。いたずらの首謀者はいつだってこいつなのに、最終的になぜか主犯に仕立て上げられる。この恨みはいまだに忘れてない。
「それで? 話って?」
新しく出された紅茶に口をつけながら、のんびりと先を促すこの男に面倒な要件を告げる。
軍事大国の皇帝が探している王女はこのヘリオスの治める土地にいる、という確かな情報がある事を。
「ふぅん?」
「お前の領民の話だろう。知らないとは言わせない」
「さぁねぇ。……じゃぁさ、仮にだよ? 仮にこの地に君たちとその皇帝サマが探している子がいたとしてさ」
そこで言葉を止めて、クッキーに手を伸ばす。
ウーリもそれに倣い、紅茶に口をつけた。
伏せられていたヘリオスの目が、すっと細められてこちらを見据える。
「この僕が、領民を売るような真似、すると思ってんの?」
そうだ。この男は見た目通りの人間じゃない。
世渡りが上手く、ずる賢い。去る者は追わないけれど、来る者も拒まない。
自身の手の内にある間は、簡単に差し出すような男じゃない。
世間は、この男を見誤っている。
「知ってるさ。お前とは幼少の頃からの付き合いだからな」
前門には臨戦態勢の領主。
後門には自身の上司と、半端無い圧力をかけてくる皇帝。
さて、どうしようか。