学校の教室
「……似合わない。似合わないはずなのになんか似合うのがむかつくわ」
「ほっといて下さいよ」
のどかな辺境の村、そこには小さな子供たちを対象にした、小さな学校がある。
この地を治める辺境伯が気まぐれを起こして設立された。曰く、だって、やっぱ学があった方がいいでしょ? だそうだ。
気まぐれに始ったがために、教師なんてものは用意されていなかった。
「なぁんで承諾しちゃうかなぁ……アタシの許可もなく」
「押しに弱い僕の性格をご存じじゃないですかぁ……ちょっと、ご主人様、僕を蹴りながら話すのやめて下さいよぅっ」
この学校の唯一の教師、ロビン・リーは半泣きで自身を遠慮なく蹴り続ける、本人いわくご主人さまに向かって訴えた。
教師であるところのロビンは清潔・誠実・良い男の三拍子そろったお方で、比較的若い母親たちのアイドル的存在であり、生徒たちからもすごく慕われている。
そんな男が、見た目少女のご主人さまに半泣き。
一応言っておこう。その現場は、校内だ。正直、生徒たちは(確実に母親たちも)見たくない姿だろう。
「ちょっとさぁ、これからアタシ仕事があるのにどうしてくれんのよぉぉぉ!」
「そんな事を言われても……。これもお給料がでる立派な仕事なんですよぉ」
「ちょっと、あんた魔界では公爵の地位についてる強い悪魔なんでしょ!? 何なのよ、コノへたれぐあい!!」
そう、教師が似合うはずもなかった。
なぜなら悪魔。人間ですらない。悪い魔、と書いて悪魔。なのに清潔・誠実・良い男。だが残念な事に、へたれている。それはもう、ものすごく。
ご主人様曰く、魔界では公爵の地位についている強い悪魔は残念な事にしっかりとご主人様に手綱を握られ、勝手に仕事をして怒られている。……なんて憐れ。
「まぁまぁ、ご主人様。あんまり怒るとまた血圧あがっちゃいますよぉ? あと二時間強で終わりますから。その間に紅茶でも……」
「その二時間が長いんじゃボケっっ!!!」
ご主人様の鉄拳がさく裂した。
*****
ロビン・リーのご主人様は人間から生まれていながら、人間とは少し違う。
魔女、と呼ばれる存在だった。
世界でも稀有な存在。手中に収めた者はこの世の栄華を極める事が出来る、という伝説が残るほどの強大な力を持つ存在。
その一人である魔女の名はルイゾン。もっとも破天荒な魔女として、世界に名を知られている。
魔女にも性格があり、国を裏で支配したがる者もいれば、気まぐれな者もいる。真面目な者もいれば、面倒くさがりな者もいる。
ルイゾンは、好奇心が強かった。そして、熱しやすく冷めやすい。
彼女の名が有名になるもっとも大きな事件は、魔女の関わる事件の中でも、珍事件として語り継がれている。
「……教科書にも名前が載るくらい有名なのに、起こした事件の概要に全く触れていないところがご主人様の破天荒ぶりを如実に表していますよねぇ」
「うっさいわ! このボケ使い魔!!」
結局、二時間を少しでも短縮するために、ルイゾンは自らの使い魔の仕事を手伝っていた。
自身が使役するはずの魔の仕事を手伝う主人。
「……全部あんたのせいよ!」
「すみません、っあ、いたっ! ちょっとぉ、蹴らないでくださいよぅ。後で大好きなベリーのタルトを焼きますからぁ……」
二人の手には赤いペン。
手元にはプリント。
せっせとテストの採点に勤しんでいた。
あぁ、仲良き事は美しきかな。