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辺境伯の屋敷


「あんたもいい加減ですね」

「いやぁ、褒めても何も出ないけどね?」

「褒めてないですって」


 辺境伯の騎士、キース・ファレルは盛大なため息をこれ見よがしに吐いてみた。

 王都では、そのちゃらんぽらんな態度とヘラヘラとした口調から、とんでもなくダメな男だと認識されている辺境伯、ヘリオス・アイズナーが実はとんでもなく頭の切れる男だという事を知っている人物は意外に少ない。それと同時に、人々が思っている以上に頭のねじがユルユルな人物だという事も、意外に知られていなかったりする。

 その例の一つを上げるとするならば、教師すら決まってない状態で始った学校。教師が決まらなかったらどうしたんですか、という周囲の声に「んー、そしたら俺が適当に教えようかと思ってたんだよねー」ととんでもない発言をした事は記憶に新しい。

 そんな風に、時々頭のねじがすぽーんと飛んでしまう辺境伯だが、最近ついに頭のねじが、というより脳みそが大破したのではないかと思われる。

 そう思う原因は、キース・ファレルを騎士として雇ってしまった事だと、ほかならぬキース本人が断言している。

 キースは人狼の血を引いている。完全なる人狼ではないが狼に姿を変える事も可能だ。人狼と違うのは月の満ち欠けに影響されにくい事。それでも人狼同様、人々にとっては忌避の対象となる。

 更にいえば、男性名でありながら、生物学上は女だった。男性としては少し小柄だが、女性としては平均より少し上。中性的な顔立ち。何よりその立ち振る舞い。その全てが彼女を彼であると表現している。ちなみに女性らしい曲線は無いわけではないが、あるとも言い難い。が、一応色々と対策はしているので余計な詮索はしない事。


「ねぇ、キース」

「なんでしょう?」


 アイズナー邸の執務室。

 ヘリオスはだらんとソファに寝そべり、書類をめくりながらキースを呼ぶ。

 呼ばれたキースはそんな主人の姿に内心涙を流しつつ、決してこの姿を領民に見せる事は出来ないなぁ、と諦めに近い心境だった。


「紅茶を入れてよ」

「……」

「いいでしょ? どうせ僕を狙うような人はいないって」


 確かにいないだろう。こんな辺境の土地を求めるような者は。暗殺者を雇えるほどの金を持つ者なら、もうちょっと良い土地を狙う。

 じゃーなんで私はヘリオス様の護衛なんてしてるんだ……。

 ぐるぐるといろんな想いが頭を駆け巡ったが、結局はため息ひとつで了承した。


 紅茶を入れに廊下を歩く。

 この屋敷は人が少ない。屋敷の住人はヘリオスと、必要最低限の使用人。それも泊まり込む者はほとんどいない。私設の騎士団を持つわけでもなく、兵力はキースと二人の同僚、そして姿を見た事のないヘリオスの隠密一人。


「クレア」


 向かいから洗濯物を抱えて歩く侍女を見つけた。

 呼べば洗濯物の陰からかろうじて出た頭がぺこりと傾く。


「ファレルさん、ヘリオス様のおそばにいらっしゃらなくてよろしいのですか?」

「そのヘリオス様が紅茶をご所望でね。……それよりその洗濯物は?」


 聞けば、クレアの愛らしい口元が憎い敵を見るように歪んだ。


「聞いて下さいよ、ヘリオス様ったら、こんなに洗濯物を隠していらっしゃったのです!! しかも良く分からない泥の様なモノをつけたシーツばかり!」


 あんたは泥遊び好きの五歳児か。

 小柄なクレアには大層重たいだろう。かなりの量だ。しかも聞けば、まだあるらしい。

 ならば、と思い当たる。

 クレアはこの屋敷で一番うまく紅茶を入れる。ついでにコーヒーも。


「クレア、その洗濯物は私が運ぼう。だから代わりにヘリオス様へ紅茶を入れて差し上げてくれ」

「え、でもキース様が頼まれたのでは?」

「良いんだ、正直あんな繊細な飲み物は私には荷が重いから」


 言いながら、彼女の荷物をひょいと受け取る。

 急に軽くなった自身の腕に、あ、と声を上げた後、わずかに頬を染めて「すみません、お言葉に甘えさせていただきます」と紅茶をいれに向かってくれた。

 可愛いなぁ、と単純に思う。

 別に同性愛者なわけではないが、好意じみたものを向けられるのは決して悪い気がしない。


「……私って、男の方が性に合ってるのかも」


 好きで始めた男装ではなかったが、最近はちょっと楽しくなってきている。

 そんな自分にちょっと不安を覚えつつ、洗濯場へと向かった。



*****



 あれから二回ほど洗濯場とシーツの隠し場所を往復して、ヘリオスの元へと戻る。

 きっとクレアがおいしい紅茶を入れて(良い仕事をして)くれているだろう。これで事務仕事もはかどってくれていると良いんだが。


「すみません、只今戻りました」


 断りを入れて執務室へ入れば、むっつりとした顔のヘリオスが出迎えた。

 なんでだ。


「なんでだい?」

「……は? 何がでしょう?」


 こちらが聞きたい。なんでだ。なんでそんな不機嫌なんだ。


「なぁんでクレアに頼んじゃうかなぁ? 下手くそな紅茶でキミをからかってあげようと思ったのに。よりによってクレアに頼むなんて」


 ちょっと待て。あんた今なんて言った?

 どうしよう、キースは思わず頭を抱えてしゃがみ込みたい衝動と戦う羽目に陥った。

 どうしよう。ヘリオス様は本当に五歳児だったのか!?


「クレアに散々小言を言われる羽目になったじゃないか」


 恐らくシーツの事だろう。

 とりあえずキースにだって小言のレベルを超えるほど言いたい事は山ほどある。

 その子供じみた言動、行動。

 時々、ではなく比較的頻繁に起きる、突発的思いつきを実行に移した事による弊害の数々。

 数えだしたらきりがない。


 ここに努める事になって早三年。

 数日おきに思ってきた事でもあるが、どうしよう。本当に転職を考えるべきだろうか?

 そろそろ禿げる気がする。


「ちゃんと聞いてるかい? キース」


 あんたは黙っててください。



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