辺境の騎士と近衛騎士?
キースは屋敷の廊下にうずくまる物体に目を止めた。
時刻は深夜。
通いの者たちはとっくに帰宅し、屋敷の主も就寝している。今、起きて活動しているのは屋敷内外の見周りをしているキースと同僚だけ。……のはず。
だったのだが。その物体はもぞもぞと動いている。キースの片眉がピクリと動いた。手に持ったろうそくの明かりを消す。自身の気配も殺して、いまだにこちらに気付いていないらしい物体にゆっくりと近づく。窓を背にしているので、月光がキースの影をその物体へと伸ばす。
「そこで何をしている」
「っきゃぁ!!!!」
静かなキースの問いかけに答えたのは、男の声で女の悲鳴。物体は屋敷に滞在中のハヴェルだった。おそらく。与えられた客室から持ちだしたらしいシーツで覆われているが、外見は。
王宮の近衛騎士と言えば、騎士の花形ともいえる外見も実力も伴うものしか入隊できない狭き門。この職に就く者たちは知らずと有名になっていく。近衛騎士の新人ですら一気に王都で名が有名になるのだから、それが副隊長ともなれば辺境の領地に身を置くキースにさえ届いている。曰く、冷静沈着で表情すら動かないと。
そんな男が、きゃぁ!!!と叫ぶ。
くらり。眩暈がする。これは夢に違いない。勘弁して下さい。面倒はヘリオス様だけで十分です。
「あ、ああああああの!! この人を迎えてくれた時にいた方ですよね!?」
確かに、いた。決して迎えたわけではない。が、いた事にはいた。
ツェツィーリア様がいきなりハヴェル・ヴィストロン副隊長を連れて、ヘリオス様の執務室に乱入……もとい転移してこられた時、その場にはいた。いたけれど。
「私をたすけてくださいぃぃ!! ってゆうか、ここどこなんですかぁ」
私が助けて下さい。
瞳を涙で滲ませ、顔を蒼白にして震える声で縋りついてくる、乙女ではなく大柄な男。
自分よりも巨体の男に怯えきった少女のように足元にしがみつかれたキースは、完全に放心していた。脳みその理解を超えたらしい。
結局、別ルートから見周りをしていた同僚が発見するまで、そのまま動けなかった。
*****
「で、貴女はどこのどなたなんだ? 口調から性別は女性だろう。年齢は?」
同僚が気を利かせてくれて、日中に騎士たちが休憩に使う一室(夜は警護中の詰所的なモノになっている)を開けてくれたので、そこに彼女(……というか彼というか)を連れていき、話を聞く事にした。
「……この身体の男性、えっと、ハヴェルさん……でしたっけ? 彼の生活や日常的な会話を聞く限り、私の生きる国は俗に言う異世界ってやつだと思うのです。あ、名前は星雫です。年齢は」
クラリとした。何を言ってるんだ。
というか、今さらっと言っていたが、この人格は本物のハヴェルが活動している時間帯も意識があるのだろうか?
「ホシナ、ね。一応確認するけれど、貴女はハヴェル・ビストロンの活動中も意識があるという事か?」
「ハイ。でも基本は意識があるだけで何もできません。ハヴェルさんも私の意識が常にある事はご存じないと思います。ただ、極度に精神が高ぶっているときはハヴェルさんの意識に話しかける事が出来るみたいです」
今回の騒ぎになったのも、話しかけられてハヴェルさんが驚いたからですし。
一通り話を聞いて、思う。助けを求められてもどうにもならない。だが、解決するまでホシナはこの国での生活を強いられる。しかも、身体の性別は男だがホシナは女である。そして出自が次元を超えていた。
「性別も、世界も、常識も。何もかもが違うからきっとわからない事が多いだろう。……とりあえず元に戻るのは魔女殿に任せるとして、日常生活では出来る限り助けよう」
仕方なしにそう言えば、まるで恋人を見るかのように頬を染めて「ありがとうございます!!!」と感激された。
どうしよう。いろんな意味でちょっと気持ち悪い。