頑丈な檻 02
仕える主から、仕事を頼まれた。
長期間、この屋敷から離れなければならない。……いや、離れなければならないのはノエミからだ。
主から疑われている。その疑いは確信に変わりつつある。
そして私は、試されている。
*****
危険な魔の森だという事は、事前に聞いていた。だから覚悟もしていたが。
「思ったより、血は魔物を興奮させる」
思い通りに動かない身体を引きづりながら、森を走る。どうしてもガサガサと音がして、それが血の香り以外に魔物達に自身の存在を示す事となってしまう。
左腕はもう使い物にならないだろう。おそらく骨は粉砕している。大量に出血していて、その血はいまだに流れている。
満身創痍だった。
それでも、ここまで来た。いや、来なければならなかった。約束を果たすために。
彼女に会うために。
「……? っぐぁ!!」
思考能力が低下していたのか、魔物の放つ殺気への反応が遅れた。鋭い牙が負傷した左腕に食らいつく。魔物は完全に弱った獲物を食らいつくす気でいる。食い込んだ牙から、人間に魔物の持つ毒が流れ込んだ。
「私はまだ……死ねない……っ」
右手に持った、血に濡れた剣。
歯を食いしばり、勢いよく下からはね上げるようにして二の腕から先を切断する。その勢いのまま、左腕を食らう魔物をなぎ払う。魔物の首を切り落とした。
「う……ぁ、」
魔物の死体の横に崩れ落ちる。
まだ死ねない。そう思うのに、身体は動かない。
「……死ね……な」
急速に遠のく意識の中、何かが近づいて来たような気がした。
*****
ホント、人間ってわけわかんないわ―。
魔物の横で倒れている男を見て、ルイゾンが最初に抱いた感想がそれだった。
「ちょっと、あんた起きなさいよ。このままだと殺されるわよ」
当然ながら反応はない。
あー、もー、と奇声を発して両手で頭をかきむしる。長い髪がバサバサと乱れて、何とも不気味な様子だ。そして、突然動きを止めた。
「……止血くらいはしてやるか」
はぁ。
何とも言い難い心情がそのままため息となってこぼれおちた。そのまま右手をかざす。切断された腕は元に戻らないが、垂れ流し状態だった血液を止めた。
ルイゾンは情に厚く、優しい。
これは辺境伯ヘリオスの意見だ。だが、ルイゾンは誰にでも無条件に優しいわけではない。やはり魔女である。その行動には何らかの理由とルイゾンにとっての利益がある。
「……ぅう……」
男が呻いた。
それをチラリと見やり、ルイゾンは男の横の魔物の死体に腰掛けた。膝に肘をかけ、手の甲に顎を乗せる。
「止血はしたけどね、そっから先はあんたの生命力次第よ」
意識の朦朧としているらしい男へと声をかけた。返事はないが、聞こえてはいるだろう。小さく唸るような声と共に動こうとして痛みに身体をこわばらせる。
その様子をじっと見つめながら、また大きくため息を吐いた。
読み返してないので、後日修正するかもです(;´д`)
あと1話続く予定です