愛されないのは調査済みです その2
元伯爵令嬢、カサギ・ブルーマスの元執事セバスチャンは、彼女の祖父アンフェルから大恩を受けたことを、噛みしめて生きていました。
思い起こせば、50年前のこと。
セバスチャン・ライムーギ男爵令息は、家を継がない次男であった為、一人娘のレイジャン子爵令嬢へ婿入りすることになりました。
レイジャン子爵令嬢のハスミは、白銀の髪と青い瞳の美しい女性でした。彼女に焦がれる男性は多く、その為に婿入りを狙う者も数多存在したのです。
そんな状況でしたが、ハスミが選んだのはセバスチャンでした。
ロビンソンにも少し面影はありますが、彼は男前でした。美少年と言うよりかは彫刻のように端整で、ちょっと厳つい系です。
ハスミにとっては、ドストライクなのでした。
けれどその婚約にイチャモンをつけたのが、第三王子カウンシルでした。
スペアにもならない三番手でしたが、王の愛する王妃に瓜二つの麗しフェイスは、王にも周囲の女性達にも大好評です。かなりチヤホヤされて成長しました。
それには王妃が、常々苦言を呈すほどに。
「甘やかしちゃいかん。アホになるばい!」
時々興奮気味で諫言する王妃は、隣国特有?の解釈しづらい不思議な言葉を発するのでした。
今度もまた、第三王子カウンシルがおかしなこと言うのです。
「ハスミに似合うのは、この僕しかいない。この僕が婿に行こうじゃないか?」
彼の取り巻き達は「お似合いです」「絵画のようなお二人です」と手放しで賛成し、王も「爵位が足りんが、まあ陞爵すれば良いか」と、婚約が決まっている2人を引き離そうとする始末です。相手が子爵家で下位貴族であることも、高を括る理由になったのかもしれません。
頭を抱えながらも、王妃だけは「なんば馬鹿なこと言いよると? いいかげんにせんとくらすぞ!」と言い続けますが、そいつらには聞いていないようです。妄想の幸福に酔いすぎて、聞こえていないのかもしれません。
後手にまわる前にと思い……次代となる第一と第二王子に相談し、騒ぎを収める為に動き出しました。
第三王子カウンシルは、側近達に命じてハスミを何処かに閉じ込め、既成事実を作る計画を立てていました。彼の周囲は、将来的に国王の側近になれない者の集まりです。そのせいかあまり優秀ではなく、国王もカウンシルの味方だと思っていたせいか、否やを言わず命に従うのでした。
ある王宮の夜会で。
セバスチャンは第三王子カウンシルに話しかけられて、一時的にハスミと離れていました。ハスミは女性達との会話に花を咲かせ、時おりカクテルを口にします。ですがそれに薬を盛って手渡した令嬢は、カウンシルに憧れを抱く信奉者の一人なのでした。
急激に眠気を生じたハスミは、侍女と共に空室を確認した休憩室へ向かいます。扉を開けると、そこには何故かソファーに腰をおろした、カウンシルがいるのでした。
「やあ、ハスミ嬢。とても眠そうだね、ゆっくり休むと良い」
そう言うが早いか、侍女は彼の護衛から口に布を押し当てられ気絶したのです。恐らく眠り薬を嗅がされたのでしょう。
「何故、このようなことを? 私達を恨み、殺すつもりなのですか?」
「まさか。僕は君を救いに来たのだ。いくら優秀と言えど、あんな顰めっ面の醜男は君に相応しくない。僕と結婚しよう」
したり顔をしたカウンシルがハスミに手を伸ばして来た為、彼女は後退り言うのです。
「お前ごときナルシストは好かん。今なら許してやるけん、どこぞ行って!」
「え、今、何て言ったの? もう~、恥ずかしがらなくて良いんだよ。ここで結ばれれば、もう誰にも僕らを引き離すことはできないのだから。ほら、おいでよ」
「こすか男は好かん。黙りんしゃい (訳:卑怯な男は嫌いです。黙りなさい)!」
イヤらしい顔で彼女の体を舐めまわすように見るカウンシルに、本気で怒りをぶつけるハスミ。
何言っているか通じてないので、不敬罪は適応されないだろう。たぶん。
そんなやり取りが少し続いた時、「バンッ!!!」と、扉が開いてセバスチャンが駆け込んで来たのです。
「ハスミ、大丈夫か!!!」
所々負傷し血だらけの彼は、ハスミを強く抱きしめました。
「大丈夫よ、セバス。貴方の方が傷だらけじゃない。……っ、本当は怖かったよ。来てくれてありがとう。うわ~ん」
「無事で良かった。ああ、神様ありがとうございます」
そんなやり取りに苛立つカウンシルは、「逢瀬の邪魔とは無粋な。僕のハスミを離しなよ」と、空気を読まずに叫ぶのでした。
もう二人とも顔も向けず、聞こえない振りで無視です。
「邪魔者はお前だ、カウンシル」と、言えないのが辛いところですね。
そもそもセバスチャンの怪我は、その部屋の扉周辺を守るカウンシルの側近達が、彼に襲いかかって来たせいなのです。
そして彼にこの部屋を教え、共に側近達をねじ伏せてくれたのはカサギの祖父であるアンフェルで、この時はまだ辺境伯家の令息でした。
各地で情報を収集し、他国ならびに国内の情勢を知る辺境伯家には、多くの諜報員がいるのでした。この城にも多くの者が職員として勤務しています。
そのことは国王も知っているはずでしたが、まさか自分の意向に叛く者はいないと思い、気にも留めていませんでした。どうしてそんな風に考えていたのかは、知るよしもありません。
敢えて言うなら、『傲慢』の一言でしょうか?
逆にしごでき王妃には、様々な職員から情報が集まります。
その為、さんざん忠告しても強行に及ぼうとするカウンシルと、手を貸した国王に見切りをつけたのです。
救いだったのは第一王子と第二王子が、常識的で優秀だったことでしょう。
王妃は第一王子へ命じました。辺境伯の協力を得て、第三王子の仕出かしの早期解決を図ることを。
第二王子には、第三王子の協力者(実行犯)を速やかに捕らえ、ハスミの瑕疵になる噂を阻止することを。
アンフェルは元より、王妃グロリオサの協力者の一人でした。
アンフェルとグロリオサは、15歳差の姉弟です。辺境伯家と隣国の王家は遠戚関係にありました。その為に王女のいない隣国は、生まれたばかりのグロリオサを養女として迎えていたのです。近隣諸国にはの実子だと偽りながら。
彼がセバスチャンを伴って部屋へ向かったのも、アンフェルが差配した作戦の一部でした。
(この事を知るのは、できるだけ少人数の方が良い。女性の騎士を向かわせるより、婚約者が赴く方が自然だろう)
半ば利用されたセバスチャンでしたが、彼にとって彼女を守れたことは何よりも感謝するべき出来事だったので、問題はありませんでした。
沈黙する部屋に訪れたのは、第一王子で王太子である
ホレイショーでした。
「残念だよ、カウンシル。せめて側近達がもう少しまともだったなら、救われたかもしれないのに……」
「あ、兄上……。なんでこんなところに?」
「お前が踏み留まることを祈っていた。無駄な願いだったな。セバスチャンとハスミは、会場に戻れそうなら行きなさい。余計な憶測を生まないように。行けそうか?」
「は、はい。お気遣い、ありがとうございます」
「助けて頂き、感謝致します」
「うむ。では、行きなさい」
「「失礼致します」」
ホレイショーは静かに頷き、去っていく背中を見守るのです。(こちらこそ、囮のように巻き込んで済まない)
彼らが部屋から遠ざかると、ホレイショーの背後から近衛騎士ではない男達が、音もなくひっそりと顔を出しました。
「ホレイショー、もう僅かでスピーチの時間になるだろ? ここは俺達に任せて行け」
「ありがとう。では任せる」
悲し気の表情でカウンシルを一瞥したホレイショーは、そのまま踵を返して会場に戻るのでした。
「あ、兄上、待って下さい! ちっ、お前達は何者だ。僕は王子ぐはぁ、っ、な、に、を…………」
カウンシルは腹部に一発くらい、気絶しました。
後はアンフェル達が打ちのめした護衛達も回収し、周囲に人が来ないように警戒を促しながら部屋を出るだけです。
その場を支配したのは、辺境伯であるハイシュ・グラナダジア(アンフェルの父親)でした。
「まったく人使いが荒い娘だ。名がグロリオサ(炎のユリ)だから、しょうがないか。王の小せがれには反省が必要だしな」
辺境伯の部下はカウンシルと側近達を毛布で包み、黒い馬車に乗せるとそのまま走り去りました。ハイシュは何事も無かったように会場に戻ります。
会場では、近々王太子への譲位される戴冠式の予定が発表されていました。
国王には勿論初耳でしたが、朝の覚醒直後から声が出ずに反論出来ません。本人はただの疲労だと思い、すぐに治ると放っておいたのですが…………。
そこで首を激しく振ったり、手で違うと言いたかったのですが、王妃のグロリオサが前に立って阻止します。
「申し訳ないのですが、王は譲位に向けて精力的に書類を作成し体調を崩しまています。今も風邪をひいて声が出ないようです。常日頃ホレイショーが立派になり、頼もしいと話しておりました。戴冠式の案内状は後日送りますので、参加を期待しておりますね。では皆さんは夜会を楽しんで」
その後に護衛が国王を支えながら、壇上から去っていきます。隣には王妃が付き添い、心配気な顔を浮かべながら。
「もしや……国王は病に罹っているのでは?」
「ありえますわ。先日までのお姿は空元気だったのかも?」
「……体調がお悪いのに、戴冠式のことだけはお伝えに来たのか?」
「そうね。本番に出られない可能性があるから、顔を見せたとか」
「だって顔色が蒼白なのに、手を激しく振って元気さをアピールされておりましたし……」
大きな声では不敬になるので、みんなコソコソと囁き合います。王妃の悲痛な態度を見れば、彼女が何かを企んだなどと、考える者はいませんでした。
◇◇◇
声が戻った国王は、王妃に詰め寄ります。
「どう言うことだ、グロリオサ。わしは退位などする気はない。何故あのようなことを!」
怒りに任せて怒鳴りつけますが、王妃が怯むことはありません。
「ふぅ~。何度も忠告したでしょうに、聞いていなかったのですか? この国は1番の強国ではないですが、2番か3番に当たる裕福な大国です。農業は盛んで食料自給率も高く、特に城の立つ王都は平坦な場所にあり冬も暖かくて一番欲しがられる場所なんですよ。余計な内紛を煽ような行動をして、国を滅ぼす気ですか?
私達は平和を守り、経済を安定させて住みやすい仕組みを作る歯車です。円滑に生きていける仕組みを回し続けなければなりません。自ら歯車を止めたり、壊したりするのは論外なのです。
貴方は子供達に優しいですが、国王なのですよ。その優しさは限定的ではなく、国民全体をカバーする必要があるのです。それを忘れカウンシルに偏る采配をして、貴族家の婚約を壊そうと企て、あまつさえ強姦紛いな事を画策するとは呆れてものも言えません。
貴方にはもう、王でいる資格を失いました。今回のことは有力貴族と相談して決まったので、覆ることはありません。お忘れですか? 王族が過ちを犯さないように、辺境伯に権限が与えられていたことを。有事の際は独立も許す不文律を。
長く連れ添い、愛は無くても情はありましたのに。…………残念ですわ」
表情を崩さぬ王妃に、国王は項垂れ冷や汗が止まりません。
「何を……。どうして今、辺境伯の話などをするのだ。まるでわしより偉いみたいに」
それでも足掻く国王に、最後の引導を渡します。
「民の役に立たない国王はいらないのです。貴族との争いで国が荒れる原因を作るなら、辺境伯の方が権限は上になるでしょう。心配するまでもなく、貴方はもう偉くないですよ」
「グロリオサよ! 何故このような真似を……。お前に裏切られるとは思わなかったぞ」
くずおれた国王へ、見下ろすように視線を落とす王妃は言います。
「私達の結婚は、国と国を繋ぐ政略だったはずです。私はそれを守っているだけですわ。貴方は……忘れてしまったようですね。残念だわ」
扇を口許に当て侍女に目配せすると、その直後にガッチリとした筋肉の集団が入って来ました。
「お、お前はハイシュ・グラナダジアではないか。城内で佩剣とは、謀叛の真似事か?」
「まさか。俺はグロリオサに頼まれて来ただけだ。これでも忙しいんだぞ。まったく余計な事をしやがって。これからすぐに領地に戻るから、旅装なんだよ。お前の支度は……いらないか。猛獣がいても戦う訳じゃないし。じゃあ、行くぞ。あ、カウンシルは先に辺境にいるから、寂しくないだろ。じゃあな、グロリオサ。今度はもうちょっと余裕を持って呼べよ」
片手を挙げて「あばよ」と言えば、「ありがとうございました。お世話をおかけします」と、深く頭を下げて感謝を述べる彼女。
「やめろ、放せ。誰か、わしを助けろ! 頼むから、助け、ぐはっ、うっ、いた、い…………」
国王もまた、第三王子と同じように気絶させられ肩に担がれたのでした。
「おなごばなめとっとも大概にせんと。……次は失敗せんごとね」 (訳:女を舐めるのもいい加減にしなさい。……次は失敗しないようにね)」
誰にも聞こえない強がりを、そっと吐き出す王妃。
知らずと涙が溢れる彼女は、本当は情けが深い。王妃でさえなければ、あの父子を庇って泥を被り続けただろう。
2か月後の戴冠式に国王の姿はなく、体調の悪化が伝えられました。ですが晴天の空の下、恙無くホレイショーが無事新国王となり、たくさんの祝福の拍手で王城が包まれたのです。
◇◇◇
セバスチャンとハスミは、無事に婚約期間を終えて結婚しました。
彼らの結婚後、アンフェルがブルーマス伯爵家の婿に入り、王都に不馴れだと言う彼の為にセバスチャンは時々話をしに訪問します。
最初のうちは友人として、その後に執事として。通いで勤務していましたが、彼が40歳になる前にハスミが流行り病で亡くなり、息子が後を継いでからは泊まり込みで働く執事となったのです。
アンフェルの結婚はセバスチャンの数年後で、子供が出来たのも遅かった為、カサギの父親はセバスチャン一番末の子と同じ年でした。
彼にとってはカサギの父のことは、息子のように思えていたのです。
◇◇◇
セバスチャンとハスミには、子供が三人いました。
長男のマクシム、次男のジギタリ、そして長女のスズランです。
スズランは縁あって、辺境伯家に嫁いでいます。
ロビンソンはスズランの子供なので、辺境伯令息です。ただ四男なので辺境伯家は継ぎません。
可愛い末っ子は兄と姉に可愛がられて、わりと気ままに暮らしていました。ただ辺境伯家の人間なので、格闘技だけはマスターさせられ、猛獣と闘う術は身に付けています。
その後は兄達の伝手を駆使して、商売のやり方も学び、博学(雑学も好き)だったので、苦もなくいろいろな事業が成功していきました。ただ学園だけは卒業しなさいと、母親に泣かれたそうですが。
そんな時に祖父のセバスチャンに呼ばれて、カサギの仕事を手伝うことで、今まで離れていた祖父と苦労人令嬢カサギの苦悩を知り、少し考えを深めることになったのです。
美人じゃないけど一生懸命で楽しいカサギは、周囲にはいないタイプでした。エスカルとの政略結婚の時は、彼女が可哀想で連れ去ってしまおうかと考えたくらいに。
けれど自分の考えを持ち、懸命に生きている彼女の意思を曲げようとするのも失礼で、嫁がせてからは心配が尽きなかったのでした。
それなのに……。
旦那の恋人に教育を施すわ、馬の乗って駆け出すは、離縁どころか家からも離籍して平民になったら、馬に乗って楽しそうに商売するし。
規格外過ぎでした。
ロビンソンの辺境での戦闘スタイルは、気配を消して敵に忍び寄ったり、罠をかけての対処が多く、馬に乗る機会が少なかったのです。乗っても駆けることはなく、馬の方が優秀で『任せておきな、ロビンソンよ♪』と、心得ていたみたいでした。
今ではもっと訓練しておけば良かったと、悔やんでいる彼。王都に来てからは馬からも遠ざかり、うまく乗れなくてカサギに無様を晒してしまいましたから。
あの後はロビンソンも密かに乗馬を習い、襲歩もできるようになり、アンシールとカサギコンビに並走することも可能になったのです。併走はまだ無理です、もっぱらアンシールが余裕で導いていました。
お隣なので、互いに夕食を振る舞ったり、朝の挨拶くらいはする仲にはなれましたが、(恋の)進展はあまりないようです。
一方で荷台に荷物を大量に積み、強靭な肉体を持つアンシールとカサギの運送業は大儲けです。ただ馬の全盛期は短いので、アンシールが疲れたらきっぱり運送業は廃業し、別な仕事をするつもりです。金持ちの商人の子供に、乗馬を教えるとかも良いなと思っていました。
アンシールは今日も新鮮な人参を頬張り、時々お客さんからも追加で口に入れられて、ホクホクしながら働いています。馴れた人から撫でて貰うとうっとりしているので、心地が良いのでしょう。
「ウヒヒィーン♪」と、元気に跳ね回っていますよ。
ロビンソンのメイドさん達(ドルチェ(可愛い系)、ベルチェ(麗人系)、クランデ(姉御系))は、辺境伯の騎士家出身の三つ子で彼を守る為の戦闘メイドでした。何れも30歳を越えていますが、若々しさを保っています。ロビンソンの横に立てば、お姉さんで通用するくらいに。
「お姉さん達、今日も夕飯をありがとうございました」
「喜んで貰えて良かったわ」
「またおいで。今度は料理を教えてあげるから」
「嬉しいです。是非お願いします」
「本当に可愛いわね。妹がいたらこんな感じなのかしら?」
「本当に私のお姉さんだったら、最高なのに」
「ホホッ。すっかりお嬢様を取られてしまいましたな」
「セバスチャンもありがとう。ロビンソンも楽しかったよ」
「それはよう御座いました」
「俺はついでかよ。腹立つなぁ」
強くて料理上手の良い匂いのする女性達は凛々しく、カサギが頬を染めて挨拶するのを見て、「なんでその態度? みんなオバサンだよ!」と、嫉妬して喚くロビンソンは、毎回ヤキが入れられているそうです。
「坊っちゃん、お話が御座います」
「ごめん、今の嘘だから」
「この世には、言って良い嘘と悪い嘘があるのですよ」
「そうそう。早めに教育しないと、元国王みたいになっちゃうからね♪」
「いや、もう言わないから。許してくれー。マジで勘弁して(せめて毒で腫れる系はヤメテくれ~)」
「これも、カサギに相応しくなる為ですわ。私達もツラい。うっ」
嘘泣きが炸裂しますが、ロビンソンの目だけは『嘘つけ、コノヤロ』と物語っています。
黒くてシックなメイド服の下には、暗器がたくさんが隠されています。今日は何れが使われるのでしょう?
戦闘メイドの権限にしつけも入っているそうなので、問題はありませんよ。
◇◇◇
元々ブルーマス家は辺境伯家の支部のような扱いで、祖父のアンフェルと祖母のベラドンナも政略結婚でしたが気が合ったようです。
諜報で多忙な夫婦の間に生まれた、カサギの父 であるアジサは変な方向にグレてしまい、矯正は無理と判断され、諜報の役割を教えられる前にフェイドアウトとなりました。
当時のハイシュ・グラナダジア辺境伯の判断により、諜報の役目を終えたブルーマス伯爵家は、何れ爵位を返上することになったのです。
アンフェルとベラドンナは、彼に寂しい思いをさせた負い目もあり、せめて彼が生きているうちは家を残そうと優秀な(それでいて不遇だけど肝の据わった娘を)嫁を迎えましたが、息子にその愛は伝わらなかったようでした。
彼の元愛人で現妻の男爵令嬢 (アイゴ)は、浮気性で頭の悪い自己中心的な女性でした。托卵されたり、愛人に唆されたアイゴが財産目当てに暗殺を企むだろうことが目に浮かび、結婚に反対したアンフェル達です。爵位を譲った後に、反対を押しきって再婚した時は諦めモードでした。
ただカサギの件は別で、これから家が潰れて平民になるだろうからと、苦労する様子を見守っていたのです。緊急時は助けようと思い、伯爵家と侯爵家に時々潜入しながら。そこでロビンソンの戦闘メイドに出会い、頭を下げて後を任せたそう。元々アンフェルも辺境伯家の人間なので、快く引き受けた彼女達。
カサギが先に除籍したのは想定外だったが、肩の荷が下りたように「やっと家を無くせる」と安堵したアンフェル。自分の代で家を潰すのは断腸の思いでしたが、せめてケリがつけられ、胸を撫で下ろしたのです。
そんな思惑にも気づかないロビンソンは……。
普通は伯爵位(今回はブルーマス伯爵家)等の高位貴族の爵位のやり取りは出来ないのですが、ロビンソンは辺境伯子息です。その為に、辺境伯家で治めてくれるならと王家が認め、ロビンソンに売買(譲渡?)されることになりました。
「後ろ楯がある優秀な者が治めてくれるなら、安心だな」と。
あまり理解しないうちに伯爵位を得たロビンソンは、もう伯爵なのです。書類仕事は得意な彼だけど、王家から釣書がたくさん届きそう。
彼はカサギに、貴族位を戻してあげたかっただけなのだけど。どうなるのかな?
アジサとアイゴの子 モミジールは、ふわふわでミモザ色の髪と黄緑の瞳を持つ、アイゴに似た容姿の美しい男の子。不思議なことにアジサ(カサギ父)には似ている部分が見つからない。それでもアジサは子育てを懸命に行い、仕事にも精を出していました。
不馴れな肉体労働も、家族の為だと思えば頑張れるのです。激しい筋肉痛にも耐えながら、人生で一番の努力をしていたアジサ。
けれども…………。
ある日ひっそりと、アイゴが部屋から消えているのを知り愕然とするものの、心の隅ではずっと前から諦めていたアジサ。
「君にはお金と爵位がない俺なんて、もう要らなかったんだね。でも……モミジールに手紙も残さないほど薄情だったなんて。本気で好きだったのになあ」
その夜だけはモミジールを寝かしつけた後、さめざめと泣いていました。
アイゴが去った後は、アジサの母であるベラドンナとアンフェル、領地の人も声をかけて抱っこして、みんなで面倒を見てくれています。辛かった彼の気持ちは、モミジールの笑顔とみんなの協力で、次第に癒されていくのでした。
「わぁ、竹馬作ってくれたんだね。父ちゃん、大好き」
「父ちゃんの方が大好きだぞ。お前の笑顔があれば、父ちゃんは誰にも負けないんだ!」
「本当に。じゃあ、僕も強くなる。父ちゃんを守ってあげるね」
「っ、何で。そんなこと……いいんだよ。元気でいてくれればさ」
「? うん、分かった♪」
「っ、ぐすっ」
周囲は優しく見守り、アンフェル達も一安心です。
(貴族じゃない生き方の方が、息子には似合っているのかもな。良い顔しているじゃないか。うっ)
ベラドンナもそんな夫を、温かく見守るのでした。
アンフェルとベラドンナは時々辺境で狩りをして、大金を獲得してきます。二人の優雅な秘密はこの戦闘力と、時々諜報仕事で得られる情報料です。
モミジールは今後も、誕生日には御馳走が食べられることでしょう。きっとここで暮らしていけば、寂しさは感じないでしょうから。
アジサは最近、無邪気なモミジールを見ると、ふとカサギのことを思い出すのです。自分のことをじっと見つめていた、幼かった子供のことを。
あまりにも関わりが薄かった為、思い出の一つもありませんでした。彼女を嫁に出した時さえ、「坊やの為にありがとう。さすがお姉さんね」と言うアイゴの声しか聞こえぬままで、祝福の言葉も懺悔の言葉もかけなかったと。
最愛だと思って、いや思い込んでいたアイゴを優先して、他の不都合からは目を逸らしていたことに、今さらながら気づくのです。
結局はその最愛にさえ、裏切られていたことも知らずに…………。
「最悪な父親だな、俺は。せめてモミジールだけは、何があっても育てていこう」
彼はモミジールと血縁がないことを知っていますが、グレても病気になっても放り出さないことを誓いました。何処にいるかも分からない、謝りたくても謝れない育てなかった娘への贖罪の気持ちを込めながら。
時々荷運びで伯爵領に来て、豪快に笑っているカサギですが、アジサは気づかず謝罪の機会は来ないもよう。自業自得……。
いろいろな蟠りを乗り越えながら、今日も楽しく過ごすカサギなのでした。




