第6話:変人教授と秘密のガジェット
王立魔法研究所の最下層。そこは「実用性ゼロのゴミ捨て場」と呼ばれる、忘れ去られた区画だ。
高く積み上げられた魔導書の山と、火花を散らす不完全な回路。その混沌の中心に、ボサボサの銀髪を振り乱した女がいた。
「ああ、もう! 魔力伝達効率が悪いわ! 風魔法を収束させるには、もっと……こう、構造的な『理屈』が足りないのよ!」
彼女こそが、王宮きっての変人、ミリセント教授。
俺——アルスは、足元の割れた試験管を避けながら、彼女の背後に立った。
「……お忙しいところ失礼します、教授。差し入れに『糖分(甘いパン)』を持ってきました」
「パン!? ……あ、あなた、資料室の落ちこぼれ君ね。相変わらず鼻が利くじゃない」
ミリセントはパンをひったくるように受け取ると、行儀悪く頬張り始めた。
彼女は天才だ。だが、その理論は「攻撃力」を重視するこの国の主流派からは「火力が足りない」と一蹴されている。
「教授、あなたが研究している『微弱な風の振動を捉える魔法』。……少し、視点を変えてみませんか?」
「視点? 言ったでしょう、魔力出力を上げれば音は拾えるけど、雑音も増えるのよ。使い物にならないわ」
「出力ではなく、『形状』の問題です」
俺は床に、石灰で一つの図形を描いた。
現代の地球における、放物面——パラボラアンテナの構造図だ。
「音は空気の振動です。一箇所に集めるためには、魔力を無理に込める必要はない。この曲線を描く魔力膜を作れば、遠くの密談も一点に集中して届く。……これを『指向性集音』と呼びます」
ミリセントの咀嚼が止まった。
彼女の大きな瞳が、床の図面を食い入るように見つめる。
「……反射角と、焦点? 魔法を『力』ではなく『レンズ』として扱うっていうの……? 待って、それなら、風の魔力を薄く、均一に広げるだけで……!」
彼女はパンを放り出し、狂ったように数式を書き殴り始めた。
これこそが、俺が彼女を必要とした理由だ。
俺の持つ「科学的コンセプト」を、彼女の「魔法理論」で具現化する。
数時間後。彼女の手には、透明な水晶を半分に割ったような、奇妙な魔道具が握られていた。
「できた……! 名付けて『エコー・ミラー』! 落ちこぼれ君、これ凄いわよ。一キロ先の鳥の羽ばたきまで、耳元で囁かれているみたいに聞こえるわ!」
「素晴らしい。これこそ、我々『レコーダー』に欠けていた『耳』です」
俺はミリセントの手を握り、静かに告げた。
「教授。あなたの理論を笑った連中に、思い知らせてやりましょう。真の力とは破壊ではなく、誰も知らない『真実』を握ることにあるのだと」
「……ふふ、面白いわね。あなたと組めば、この退屈な研究所をまるごと『盗聴』できそうだわ」
ミリセントは不敵に笑い、俺の肩を叩いた。
こうして、影の組織「レコーダー」に、最高の技術開発部門が加わった。
リナという「足」と「剣」、ミリセントという「耳」と「目」。
俺の手元には、着々と「詰み」の準備を整えるための駒が揃いつつあった。
「さて、教授。次はこの『反射』の理論を使って、画像を遠くに飛ばす方法を考えませんか?」
「画像の転送!? ……あなた、本当に書記官? 悪魔の回し者か何かなんじゃないの?」
驚愕する彼女を背に、俺は資料室へと戻る。
ユリウス王子。
君が信頼している「密談の部屋」は、もう安全ではない。
お読みいただき、ありがとうございます。桜庭ユウトです。
今回は「魔道具の開発」という、スパイ物には欠かせない要素を描きました。
ミリセント教授という、少し変わり者ですが強力な味方を得たことで、
アルスの工作はさらに「科学的」かつ「超常的」に進化していきます。
現代知識×異世界魔法。この化学反応こそが、本作の大きな読みどころです。
「エコー・ミラー」が、ユリウス王子のどんな秘密を暴き出すのか……。
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皆さんの「期待」が、ミリセントの新しいガジェットを生み出す魔力になります。
第7話、盗み聞きされた王子の「禁断の夜会」編をお楽しみに。




