第5話:小手調べの「社会的処刑」:取り巻きAの失脚
王宮の朝は、常に清廉な空気と、幾重にも張り巡らされた「建前」で満たされている。
だが、その日の大広間に漂っていたのは、焦げ付くような「疑念」の臭いだった。
「……執事長ベリウス。貴殿に、公金横領および、敵国との不適切な接触の疑いがある。弁明の余地はあるか?」
玉座の前で放たれたのは、第二王子派の重鎮、カイル伯爵の冷徹な声だった。
広間に集まった貴族たちの視線が、一斉にベリウスへと突き刺さる。
「な、何を……!? そのような根も葉もない噂、誰が……!」
ベリウスの顔が、みるみるうちに青白く染まっていく。
俺——アルスは、広間の隅、柱の影という「観測の特等席」からその様子を眺めていた。
(心拍数の急上昇。喉の嚥下運動。視線は左斜め下へ——。典型的な『逃避反応』だ。ベリウス、君が今必死に否定しているのは、横領そのものではなく『なぜバレたのか』という恐怖だろう?)
カイル伯爵が、一通の書類を掲げた。
それを見た瞬間、ベリウスの膝が微かに震えた。
「これは貴殿の愛人、マダム・ベルが今朝、我が派閥の憲兵隊に持ち込んできたものだ。貴殿が彼女に宛てた『罪の告白と、逃亡の指示』……筆跡鑑定も、魔力署名の残滓も、間違いなく貴殿のものだ」
「ち、違う! そんな手紙、私は書いていない! 偽造だ、卑劣な罠だ!」
ベリウスの叫びは、虚しく広間に響いた。
当然だ。その手紙は、俺がリナを使って彼女に届けた「偽物」なのだから。
だが、手紙に記された「横領の金額」と「隠し口座の場所」は、俺がゴミの中から拾い集めた「本物の真実」だ。
嘘の中に、一つまみの「否定しようのない真実」を混ぜる。
それが、偽造文書を本物以上に本物らしく見せる秘訣だ。
「黙れ、ベリウス。……見苦しいぞ」
冷ややかな声が、一段高い場所から降り注いだ。
ユリウス第一王子。ベリウスが絶対の忠誠を誓っていたはずの主だ。
「殿下! お信じください、私は殿下のために……!」
「私の名を出すな。貴様が裏でそのような不祥事を起こしていたとは、心底失望した。……憲兵に突き出せ。徹底的に調べろ」
ユリウスは、ベリウスと一度も目を合わせようとしなかった。
トカゲの尻尾切り。
ユリウスにとって、ベリウスは「便利な道具」であって、守るべき部下ではない。
自分に火の粉が飛んでくる前に、彼は平然と、最も長く自分に仕えた男を切り捨てたのだ。
「ああ……あああああ!」
憲兵に両脇を抱えられ、引きずられていくベリウス。
かつて資料室で俺の頭を踏みつけようとした男の無惨な姿を、俺は感情を排して「観測」し続けた。
(これで、ドミノの最初の一枚が倒れた。ユリウス、君は今、自分の手足をもぎ取ったことに気づいていない。……君の汚職を支えていた実務の要は、もういないんだ)
騒ぎが収まり、貴族たちが散っていく中、俺は静かに広間を後にした。
背後で、ユリウス王子の苛立ったような溜息が聞こえる。
彼はまだ知らない。自分が今朝、自分の手で「敗北への階段」を一歩降りたことを。
資料室へと続く暗い廊下で、影からリナが姿を現した。
彼女の目には、かつてないほど鋭い輝きが宿っている。
「……終わったわ。ベリウスは、もう二度と表舞台には戻れない」
「ああ。だが、これはまだ『小掃除』に過ぎない。……リナ、次の獲物はもっと大きいぞ」
俺は懐から、一枚の古ぼけた地図を取り出した。
そこには、王国の魔力を管理する「聖域」の構造が記されている。
「ユリウスが必死に隠そうとしている『本当の闇』へ——。観測範囲を、国家機密の深層まで拡大する」
俺たちは、誰にも気づかれることなく、再び王宮の闇へと溶け込んでいった。
お読みいただき、ありがとうございます。桜庭ユウトです。
第一のターゲット、ベリウス執事長の失脚。
彼が信じていた「主君への忠誠」が、いとも簡単に裏切られる残酷さ。
これこそが、アルスが仕掛けた情報の罠の真髄です。
敵が仲間割れをし、勝手に自滅していく様を眺める快感。
楽しんでいただけましたでしょうか?
次回、ついに組織「レコーダー」に新たなメンバーが加わります。
王立魔法研究所の異端児、ミリセント教授。
彼女がもたらす「スパイガジェット」が、アルスの工作をさらに加速させます。
「次の工作が待ちきれない!」「アルスの冷徹さがもっと見たい!」という方は、
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皆さんの「観測」が、この物語をより緻密なものに磨き上げます。
第6話、変人教授と秘密のガジェット編をお楽しみに。




