第20話:ようこそ、情報の地獄へ
運河の夜霧を切り裂き、鈍い金属音が響いた。
家畜搬送船の甲板。そこには、ゾルダン帝国が誇る「影の猟犬」たちが、信じられないものを見る目で立ち尽くしていた。
「な、なんだ……!? 魔力回路が……動かない!? 身体強化も、探知魔法も、すべて消えただと!?」
彼らの中心で、アルスが放った『EMP(電磁パルス)手榴弾』――魔導回路を物理的に短絡させる銀の球体が、青白い放電を終えて転がっている。
魔力こそが文明の礎であり、力の源泉であるこの世界。
だが、それは同時に「魔力がなければ何もできない」という致命的な脆弱性を孕んでいた。
「……観測完了。魔力密度、ゼロ。君たちの魔法理論では、これを『沈黙の呪い』と呼ぶのかな? だが、俺に言わせれば、単なるインフラの遮断だ」
霧の中から、アルスが姿を現した。
書記官のローブを脱ぎ捨て、ミリセント製の特殊タクティカル・ベストを身に纏ったその姿は、もはや「無能」の欠片も感じさせない。
「貴様……! 魔力のないゴミめ、素手で殺して……!」
工作員の一人が、魔力の消えた短剣を手に突っ込んでくる。
だが、その動きは鈍い。身体強化魔法という「補助」を失った彼は、自分の体の重さすら制御できていなかった。
アルスは最小限の動きでその腕を掴み、関節を逆方向に引き絞った。
ボキリ、と乾いた音が夜の運河に響く。
「……魔法に頼りすぎだ。筋肉の連動も理解していない素人が、俺に挑むな」
アルスは敵の首筋に、ミリセント特製の「神経麻痺剤」を打ち込んだ。
一分と経たぬうちに、甲板上の工作員たちは、物言わぬ肉の塊へと変わった。
船倉の奥。そこには、意識を失い、魔力の供給を断たれたことで虚ろな表情をしたセレスティアが横たわっていた。
アルスは彼女の元へ歩み寄り、抱き起こす……ことはせず、まず彼女の懐と耳裏を確認した。
「……ビーコン、正常。記録データ、破損なし。……ご苦労、セレスティア。君がフェンリルの部下に『わざと』捕まったおかげで、彼らの移動経路と暗号化の癖がすべて観測できた」
セレスティアが微かに目を開け、自嘲気味に微笑む。
「……ひどい人ね。……私が、殺されるかもしれないとは……思わなかったの?」
「死ぬ前に俺が来ることは、計算で証明されていた。……それより、これだ」
アルスは工作員が守っていた鞄の中から、一冊の古びた手帳を取り出した。
ゾルダン帝国諜報部の『暗号表』。
フェンリルが撤退の際、部下に託して焼却させようとした「国家機密の心臓」だ。
「……これで、ゾルダンの『目』は半分潰れた。……これからは、彼らの通信はすべて俺の資料室へ筒抜けだ」
アルスは夜空を見上げた。
霧が晴れ、王宮の尖塔が見える。
ユリウスは消え、教団は崩壊し、帝国の潜入網も今、致命的な打撃を受けた。
「……リナ、シオン。……回収班を送れ。聖女と、それから『最高級のゴミ(機密書類)』を確保した」
『了解、先生!……ねぇ、これで少しは休めるの?』
シオンの問いに、アルスは薄く笑った。
「休めるはずがないだろう。……暗号が変わる前に、帝国の工作員全員をタグ付けし、この国の『膿』をすべて絞り出す必要がある」
数時間後。
王宮資料室の地下。そこには、以前の黴臭い部屋からは想像もつかない、最新の魔導端末と情報の相関図が並んでいた。
回復したリナ、端末に向かうミリセント、地図にピンを刺すシオン。
そして、その中心で淡々と書類を整理するアルス。
「……ようこそ、情報の地獄へ。……ここが、この国の真の心臓部だ」
アルスは新しいファイルを広げた。
そこには、ゾルダン帝国の皇帝、そして正体不明の宿敵『フェンリル』の真の名前が記されようとしていた。
「勝負は、剣を抜く前に決まっている。……そして、次の盤面はもう始まっているんだ」
資料室の扉が閉まる。
その奥で、王国の運命を書き換えるペンの音だけが、静かに響き続けていた。
第1章『王宮腐敗編』、完結。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。桜庭ユウトです。
魔力ゼロの男が、情報の力だけで王子を、教団を、そして帝国のスパイを退ける。
この「情報のチート化」というカタルシス、楽しんでいただけましたでしょうか。
しかし、アルスの戦いはまだ序章に過ぎません。
第2章では、ついに隣国ゾルダン帝国への「逆潜入」、そして宿敵フェンリルとの本格的な頭脳戦が幕を開けます。
新たな仲間、さらなる高度なガジェット、そしてセレスティアの「聖女としての覚醒」。
「第1章、最高に面白かった!」
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皆さんの反応が、アルスの観測精度を上げ、物語をさらに鋭利なものへと進化させます。
第2章『帝国潜入・暗号解読編』。
勝負は、再び剣を抜く前に決まります。
次なる報告を、どうぞお楽しみに。




