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魔力ゼロで追放された書記官、実は世界最高の諜報員でした 〜ゴミ箱の機密を拾うだけで、俺を捨てた王国が戦わずして自滅する件〜  作者: 桜庭ユウト


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第19話:カウンター・インテリジェンス:奪われた聖女

大聖堂に、冷たい雨が吹き込んでいた。

 先ほどまで聖女セレスティアが祈りを捧げていたはずの祭壇には、今、彼女の千切れたヴェールと、一通の黒い封筒だけが残されている。


「……遅かったか」


 俺——アルスは、雨に濡れる床に膝をつき、ヴェールの千切れ方を『観測』した。

 抵抗の跡はない。魔力による麻痺。そして、迷いのない拉致の技術。フェンリルの手練れによる仕事だ。


『先生……ごめん。私の網を抜けて、奴ら、聖女様を連れ出した。西の商業区へ向かう馬車が三台……どれが本物か分からない』


 共鳴石から届くシオンの声は、珍しく悔しさに震えていた。

 だが、俺は冷静に祭壇に残された「黒い封筒」を手に取った。そこには、俺を嘲笑うかのような一文が記されていた。


『観測者へ。……君が彼女に教えた「真実」は、我が国にとっても実に有益だ。……聖女が「王国の腐敗」を隣国で告発すれば、世界はどう動くかな?』


 フェンリルによる、プロパガンダの逆転利用。

 俺がセレスティアを懐柔したことを逆手に取り、彼女を「亡命した聖女」として演じさせ、王国の正当性を根底から覆そうという算段だ。


「……リナの状況は?」


『教授のところで眠ってる。……爆風で魔力回路が乱れたみたいだけど、命に別状はないわ。……でも、彼女、起きたら自分を許さないでしょうね』


 ミリセントの報告を聞きながら、俺は封筒の紙質を指先で確かめた。

 

(……紙:ゾルダン帝国製の高級羊皮紙。……インク:微かに鉄の臭いがする。……そして、この封筒の折り目。……右端がわずかに『逆』に折られている)


 俺は口角を僅かに上げた。

 フェンリル。君は俺を試しているつもりだろうが、スパイの「癖」までは消せなかったようだな。


「シオン。商業区の三台はすべてデコイ(囮)だ。……本命は、運河沿いの『家畜搬送船』。……奴らは聖女を積荷として、水路から国境を越えようとしている」


『えっ!? でも、目撃情報は……』


「封筒のインクに含まれる鉄粉は、この近辺では運河の船着き場にあるクレーンの錆と同じ成分だ。……そして、この逆向きの折り目。……これは、狭い場所で、左利きの人間が、急いで書いた証拠だ。……揺れる船内なら合点がいく」


 俺は資料室から一歩踏み出し、雨の街へと躍り出た。

 魔力を持たない俺の足音は、雨音に消える。


「ミリセント。……例の『広域魔力共鳴波ソナー』の出力を最大にしろ。……セレスティアの耳の裏に仕込んだ『受信機』を、今度は『発信機』として強制起動させる」


『了解! ……でも、それ、彼女にかなりの負担がかかるわよ?』


「死ななければいい。……情報の回収が最優先だ」


 俺は非情に言い放ち、運河へと続く路地を駆け抜ける。

 フェンリル。君は「聖女を奪った」と思っているだろうが、俺にとっては、彼女こそが君の潜伏先を指し示す『生きた追跡装置ビーコン』だ。


 暗い水面に浮かぶ一隻の船。

 そこには、俺の「観測」を逃れられると信じている、傲慢な捕食者たちが潜んでいる。


「……勝負は、剣を抜く前に決まっている」


 俺は懐から、ミリセントが最後に手渡してきた、もう一つの「毒」——魔導回路を物理的に短絡させる『EMP(電磁パルス)手榴弾』を取り出した。


 奪われたのなら、その場所ごと飲み込むまでだ。

 カウンター・インテリジェンスの第二幕を、始めよう。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。桜庭ユウトです。


フェンリルの挑発に対し、即座に「逆追跡」を開始するアルス。

聖女を単なる救出対象ではなく、敵の懐へ潜り込ませた「ビーコン」として扱う非情なプロの思考……いかがでしたでしょうか。


リナを欠いた状況で、アルスとシオン、そしてミリセントの技術が、

帝国のエリートスパイにどう立ち向かうのか。

物理的な戦闘ではなく、情報の裏をかく「知の攻防」が加速します。


「アルスの立ち直りが早くてかっこいい!」

「船上での決戦が楽しみ!」

そう思っていただけましたら、ぜひブックマークや評価、いいねをお願いします。

皆さんの「観測」が、アルスの逆転劇をさらに鮮やかなものにします。


第20話、第1章最終回:ようこそ、情報の地獄へ編をお楽しみに。

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