第17話:暗黒の聖域:教団内部分裂工作
大聖堂の枢機卿会議。
そこは、王国の法さえも届かぬ、神の代行者たちが支配する絶対聖域だ。
円卓を囲むのは、肥え太った五人の枢機卿。彼らは、ユリウス王子の不祥事をどう揉み消し、自分たちの権益を守るかの談合に耽っていた。
「……セレスティア様。準備はよろしいですな? 民衆に向け、王子の過ちは『魔の誘惑』によるものであり、教団の祈りによって浄化されたと……そう告げるのです」
筆頭枢機卿ボルジアが、脂ぎった顔でセレスティアに命じる。
セレスティアは無表情のまま、アルスから授けられた「台本」を脳内で反芻していた。
(観測:ボルジア枢機卿、心拍数110。発汗過多。……彼は今、自分の隠し口座がゾルダン帝国と繋がっていることを隠すために、必死に聖女を利用しようとしている)
大聖堂の回廊、柱の陰。俺——アルスは、ミリセント特製の集音器を耳に当て、冷たく微笑んだ。
「……リナ、準備は?」
『完了。教団の地下金庫に繋がる隠し通路の入り口に、シオンの子供たちを配置した。……騒ぎが始まれば、彼らが「本物の証拠」を持ち出す』
「よし。……セレスティア、開演だ」
セレスティアがゆっくりと立ち上がり、壇上へと歩み出る。
彼女の背後には、教団が仕掛けた「後光」を演出する魔導ランプが輝いている。……だが、彼女の口から出たのは、神の慈愛ではなかった。
「……神の声が聞こえます。……それは、嘆きと怒りの声です」
枢機卿たちが怪訝そうに顔を見合わせる。
「神は仰っています。……ボルジア枢機卿。あなたがゾルダン帝国の工作員から受け取った、三万ゴールドの賄賂。……その金が、北方の修道院を売った代価であることを、神はすべて見ておられると」
広間に、凍りつくような沈黙が流れた。
ボルジアの顔から一瞬で血の気が引き、次の瞬間には真っ赤に逆上した。
「な、何を……!? セレスティア様、乱心されたか! そのような不敬な……!」
「さらに聞こえます。……マルス枢機卿。あなたが地下墓地に隠している、禁忌の魔導書と、拉致された村娘たちの泣き声が……」
次々と暴露される、聖職者たちの「致命的な機密」。
アルスがゴミの中から拾い、リナが潜入して裏を取り、シオンが噂として下地を作っていた「真実の弾丸」が、聖女の口を借りて放たれた。
「……観測完了。……内側から崩壊が始まったな」
円卓は一瞬にして修羅場と化した。
互いに弱みを握り合っていた枢機卿たちが、生き残るために互いを罵倒し、告発し始める。
聖なる会議は、最も醜い泥仕合へと変貌した。
その混乱の中、俺はある一人の男の動きに注目していた。
若き枢機卿、エルマン。
彼は他の者たちのように喚き散らさず、懐から小さな「銀の鈴」を取り出し、窓際で微かに鳴らした。
(……鈴の音? 魔力は乗っていない。だが、特定の周波数で振動している。……これは『緊急連絡』だ)
俺の脳内にあるデータベースが即座に反応した。
「……見つけたぞ。フェンリルの『連絡役』を」
聖教団の崩壊という巨大な煙幕の中、俺はついに、隣国のスパイへと続く唯一の糸口を捉えた。
「リナ、シオン。……ターゲットをエルマンに切り替えろ。……彼が誰に『鈴の音』を届けたのか……その先にある、フェンリルの喉元を観測する」
勝負は、剣を抜く前に決まっている。
教団の瓦解など、俺にとっては次なる「狩り」を始めるための、単なる合図に過ぎなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。桜庭ユウトです。
聖女セレスティアの口から放たれる「真実の砲弾」。
信じていた権威が足元から崩れ去る枢機卿たちのパニック、
楽しんでいただけましたでしょうか。
そして、ついに姿を現した隣国のスパイ『フェンリル』の影。
聖教団内部にまで深く潜り込んでいた帝国の工作員に対し、
アルスがどのように「カウンター・インテリジェンス」を仕掛けるのか。
物語はここから、一気にスピードアップします。
「聖女様の冷徹な告発がたまらない!」
「いよいよプロ同士の戦いか!」
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第18話、見えない影とのコンゲーム:スパイ・フェンリル編をお楽しみに。




