第15話:勝負は、剣を抜く前に決まっていた
王宮の最奥、国王の私的書斎。
そこは、第一王子の審問から三日が経過してもなお、重苦しい静寂に包まれていた。
「……面を上げよ、書記官アルス。いや、……『影の指揮官』と呼ぶべきか」
国王ギルバートは、机の上に置かれた一束の報告書を苦々しく見つめていた。
それは俺——アルスが、王子の反乱を鎮圧した直後に「匿名」で国王の寝所に届けさせた、事後分析レポート(アフターアクション・レポート)だ。
「……恐れながら、陛下。私はただの資料室の管理人です。……ゴミの中から、この国が壊れる音が聞こえたので、少し掃除をしたに過ぎません」
俺はいつものように深く頭を下げ、猫背のまま答えた。
だが、国王は騙されない。彼は、この報告書に記された情報の精度と、先読みの鋭さが、一介の書記官に可能な範疇を遥かに超えていることを理解していた。
「ユリウスがゾルダン帝国と通じていた証拠、聖教団への噂の流布、そして魔力を無力化する未知の技術。……これらすべてをお前一人が、この資料室という穴ぐらから操っていたというのか?」
「『勝負は剣を抜く前に決まっている』……それが私の信条でございます、陛下。……情報の非対称性さえ確保できれば、最強の魔法も、最古の権威も、単なる操作可能な変数に過ぎません」
俺はゆっくりと顔を上げた。
その瞳に宿る冷徹な光に、老いた国王が微かに身を震わせる。
「……褒美は何が良い。伯爵位か? あるいは、魔法省の長官の椅子か?」
「いえ。……私は今後も、あの黴臭い資料室に留まります。……表舞台に立つ人間は、必ず『観測』の対象になります。私は、観測する側の人間でありたい」
俺が求めたのは地位ではなく、王家直属の「完全なるフリーハンド」だ。
「その代わり、陛下。……私に『特級調査官』の権限と、予算を。……この国に蔓延るゾルダンのスパイ、コードネーム『フェンリル』を狩り出すために」
国王は長く重い沈黙の後、静かに頷いた。
「……許可しよう。今日よりお前は、この国の『目』となれ。……ただし、正体は決して明かすな。……お前が牙を剥くのは、国が滅びる寸前だけでよい」
「御意」
書斎を出た俺を、廊下の陰でリナが待っていた。
彼女の腰には、ミリセントが調整した新しい魔導短剣が光っている。
「……王との交渉は済んだのか、アルス」
「ああ。……これで、予算の心配はなくなった。……リナ、次のターゲットへ移行するぞ」
俺は懐から、一葉の肖像画を取り出した。
描かれているのは、清廉潔白を絵に描いたような、この国の象徴。
「聖女セレスティア。……彼女は今、教団上層部によって『ユリウスの汚名をそそぐための政治的アイコン』として利用されようとしている」
「彼女を……殺すのか?」
「いいえ。……彼女は純粋すぎる。……その純粋さは、使い方を誤れば最悪の大量破壊兵器になる。……彼女を教団の手から引き抜き、我々『レコーダー』の『象徴』へと作り変える」
俺は肖像画を指でなぞった。
聖なる力。それは人々の心を動かす最強のインテリジェンス・ツールだ。
「……観測を開始する。……シオン、彼女の寝室の『ゴミ』の回収を急げ。……聖女が毎晩、神に何を祈り、何を『隠している』のか……すべてを暴き出すんだ」
王宮の廊下を歩く俺の足音は、誰にも聞こえない。
資料室の無能な書記官は、今日から、王国の運命を握る『影の王』へと昇格した。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。桜庭ユウトです。
王から「影の権限」を得たアルスが、次に見据えるのは「聖教団」の核心。
ヒロインの一人、聖女セレスティアを巡るインテリジェンス・ウォーの幕開けです。
魔法よりも強力な「信仰」というエネルギーを、
アルスがどのようにハッキングし、自らの陣営に引き込んでいくのか。
新たなガジェット、新たなエージェント、そして隣国の宿敵フェンリルの影……。
「アルスの野心がどこまで行くのか見届けたい!」
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皆さんの「観測」が、アルスのネットワークを世界へと広げていきます。
第16話、聖女の孤独と隠された『欠落』編をお楽しみに。




