第14話:「観測」の終わり:王子の自白
王宮地下、特別監禁室。
魔法を封じる『沈黙の石』で造られたその部屋は、かつての栄華が嘘のような冷気と絶望に満ちていた。
「……あ、ああ……」
床に転がる男に、第一王子の面影はない。
豪華な礼装はリナの蹴りでボロボロになり、自慢の金髪は泥と脂で汚れている。
俺——アルスは、鉄格子の前で背筋を伸ばし、無感情にその男を見下ろした。
「……誰だ。……近衛か? 大司教か? 助けに来たのか?」
ユリウスが、光の差さない瞳を俺に向ける。
俺は一歩、踏み出した。
「いいえ。……資料室の書記官、アルスです」
「……アルス? あの、無能な……? 貴様、なぜここにいる。失せろ、ゴミ漁りめ……!」
俺は格子の隙間から、一束の書類を投げ入れた。
それは、彼が隣国ゾルダン帝国と交わした密約の「本物」と、彼が隠し持っていた宝石の「鑑定書」だ。
「……君をここまで追い詰めた情報の出所、気になりませんか?」
俺の言葉に、ユリウスの動きが止まった。
俺はあえて、彼が最も忌み嫌っていた「冷静で知的なトーン」で話し始めた。
「ベリウスの借金をバラし、愛人に偽の手紙を届け、君の私室に通信機を仕掛け、聖教団に噂を流し、広場の魔力をジャミングした。……すべて、俺の仕事です。……観測通り、君は期待通りの『無能な暴走』を見せてくれた」
「……何……だと……? 貴様、何を言って……」
「君が俺から婚約者を奪い、資料室へ追いやったあの日。……俺は、この瞬間を計算し終えていました。君は最強の魔法を持っていたが、情報の扱いに関しては、スラムの子供以下だった」
ユリウスの顔が、驚愕と屈辱で歪んでいく。
自分がゴミだと思っていた男が、実は自分の人生をゴミ箱に捨てた張本人だった。その真実が、魔法よりも深く彼の精神を焼き切っていく。
「ふ、ふざけるな……! 貴様ごときが、この私を……! ゾルダン帝国の『影』が黙っていないぞ! あの方々は、私を次の王に……!」
「『あの方々』、ですか」
俺は手帳を取り出し、一つの名前を口にした。
「ゾルダン帝国諜報部、第三課長——フェンリル。君がそう呼んでいる相手ですね?」
「……な、なぜ、その名を……」
「君の『自白』はもう必要ありません。君の部屋から回収した記録石と、俺の『エコー・ミラー』がすべてを語っています。……君はただの駒ですらなく、ゾルダンがこの国を内側から腐らせるための『使い捨ての苗床』だった」
俺は踵を返し、出口へと向かった。
「待て……! 待て、アルス! 私をここから出せ! 命だけは助けてくれ! フィオナでも、領地でも、何でもやる! だから……!」
「君にはもう、差し出せる『価値』は何一つ残っていない。……観測は終了です。……ユリウス・フォン・王国第一王子。……君の物語は、ここで完結した」
背後で響く絶叫を、冷たい鉄の扉が遮断した。
廊下の先では、リナが待っていた。彼女の瞳には、かつての迷いはない。
「……終わったのね、アルス」
「いや。……ここからが本番だ、リナ」
俺は、懐にある新しいファイルを彼女に見せた。
そこには、王宮のさらに深部、そして国境の向こう側で蠢く「真の捕食者たち」のデータが並んでいる。
「ユリウスという名の『不法投棄物』を片付けたに過ぎない。……次からは、本物のスパイとの殺し合い(コンゲーム)になるぞ」
「……望むところだわ。あなたの『ナイフ』として、どこまでも付き合う」
俺たちは、光の差し始めた地上へと歩き出した。
書記官のローブを風になびかせながら。
世界という名の巨大な盤面を、今度は俺が「黒幕」として支配するために。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。桜庭ユウトです。
ついにユリウス王子との因縁に、完全な終止符を打ちました。
監獄での対峙は、力ではなく「格差」を見せつけるための儀式。
自分がゴミ扱いしていた男が、実は世界のルールを書き換えていた……。
この絶望こそが、インテリジェンス・ファンタジーにおける最高の「ざまぁ」です。
さて、物語はここから一気にスケールアップします。
隣国ゾルダン帝国のプロのスパイたち。
そして、彼らとアルスの「情報の奪い合い」。
「アルスの本性がかっこよすぎる!」
「いよいよ本当の諜報戦が始まるのか!」
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皆さんの「観測」が、アルスの次の作戦をより緻密なものにします。
第15話、勝負は剣を抜く前に決まっていた:新体制の始動編をお楽しみに。




