第12話:毒は回った。あとは背中を押すだけだ
深夜の資料室。
扉が微かに開き、ボロボロになったフィオナが這いずるように入ってきた。
その手には、ユリウスの寝室にある秘密の台座から盗み出した、黒い魔導記録石が握られている。
「……これ、で……いいんでしょう? アルス……」
彼女の指は、王子の拷問魔法を受けたのか、赤黒く腫れ上がっていた。
俺——アルスは表情一つ変えず、彼女の手から記録石を「回収」した。
「ああ。ご苦労、エージェント・フィオナ。……ミリセント、解析を」
影から現れたミリセント教授が、鼻歌混じりに記録石を魔導端末に接続する。
フィオナが期待に満ちた目で俺を見上げる。救済、あるいは労いの言葉を求めているのだろう。
だが、俺が口にしたのは、業務上の事実確認だけだった。
「ユリウスに気づかれたな? ……追っ手が来るまで、あと一〇分といったところか」
「……え? あ、あなた、私が殺されかけていたのに、それだけ……?」
「君が戻ってきたことで、ユリウスの焦燥は頂点に達した。……彼は今、法も教団も無視して、残った私兵と自らの魔力で王宮を『制圧』する決断を下したはずだ。……それが俺の狙いだ」
窮鼠、猫を噛む。
ユリウスのような傲慢な男は、すべてを失いかけた時、必ず「力」に頼る。
その瞬間こそが、彼を「逆賊」として物理的に処理する絶好の機会だ。
「さあ、教授。例の『おもちゃ』の準備は?」
「完璧よ、アルス君! 風の指向性魔法を応用した『魔力散逸場』。……これを起動すれば、半径五〇メートルの魔力密度を強制的にゼロに落とせるわ。どんな大魔導師も、ただの『重い杖を持ったおじさん』に早変わりよ!」
ミリセントが抱えているのは、無骨な真鍮製の筒。
現代の電子戦における『ジャミング(電波妨害)』の思想を、異世界の魔法体系で再現した戦略兵器だ。
「よし。リナ、配置につけ。……ユリウスが私兵を率いて広間に現れた瞬間、このジャマーを起動する。……同時に、シオンのネットワークを使って『王子が乱心し、民衆を虐殺しようとしている』という警報を街中に流せ」
「了解。……アルス、一つ聞いていいか?」
影の中で剣を研いでいたリナが、低く問いかける。
「お前は、最初から彼に『反乱』を起こさせるよう、追い詰めていたのか?」
「……スパイの格言に、こういうのがある。『敵を倒すなら、彼らが最も自信を持っている武器を振りかざした瞬間に、その前提を奪え』とね」
法で裁くのは時間がかかる。
だが、現行犯の「逆賊」として民衆の前で無力化されれば、その社会的・政治的生命は二度と再生しない。
俺は、震えるフィオナを無視して、窓の外を観測した。
遠くで、ユリウスの私兵たちが掲げる松明の火が揺れている。
激昂した王子の叫びが聞こえる。
自分の最強の魔法で、すべてを焼き尽くし、なかったことにしようとする絶望の咆哮。
「……いい表情だ、ユリウス。……その魔法が、一筋の火花も出せなくなった時の君の顔……ぜひ、特等席で観測させてもらうよ」
勝負は、剣を抜く前に決まっている。
俺は静かに、最後の一手のスイッチに指をかけた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。桜庭ユウトです。
魔法という「力」に頼る者に、その前提が崩壊する絶望を与える。
アルスとミリセントのコンビによる、異世界版の電子戦が始まります。
命懸けで情報を持ち帰ったフィオナさえも、王子の「暴走」を引き出すための触媒として使う。
この徹底した冷徹さこそが、本作の魅力です。
いよいよ次話、第1章クライマックス。
「最強」の王子が、民衆の前で「ただの無力な男」に成り下がる瞬間を、
どうぞお見逃しなく。
「王子の絶望する顔が見たい!」
「ミリセントのガジェットの威力が楽しみ!」
そう思っていただけましたら、ぜひブックマークや評価、いいねをお願いします。
皆さんの「観測」が、アルスの勝利を確固たるものにします。
第13話、公開処刑の朝:その剣は、誰を指している?編をお楽しみに。




