第1話:魔力ゼロの書記官は、今日もゴミを漁る
はじめまして、あるいはこんにちは。桜庭ユウトです。
剣の輝きよりも、情報の重みを。
魔法の火力よりも、心理の盲点を。
この物語は、力でねじ伏せる勇者の話ではありません。
無能と呼ばれた一人の男が、どのようにして敵を「戦わずして自滅させるか」を描く、
情報の毒と知略の物語です。
どうぞ、資料室の特等席で、彼らの崩壊を「観測」してください。
王宮資料室。そこは栄華を極める王国の、いわば「盲腸」のような場所だ。
黴臭い空気と、天井まで届く書架。そして、魔力を持たぬ「無能」たちが追いやられる、掃き溜め。
「……ふむ。昨日の晩餐会、王太子の給仕を担当したのは、新人ではないな。手慣れた、だが少し『指の震える』熟練者だ」
俺——アルスは、汚物入れに放り込まれた一枚のナプキンを、ピンセットで慎重に広げた。
ワインの染み。その広がり方と色から、ヴィンテージと銘柄を特定する。
ナプキンの端には、微かな口紅の痕跡。そして、指でこすりつけられたような「蜜蝋」のカス。
普通の人間が見れば、ただのゴミだ。だが、俺の『観測』を通せば、それは雄弁な機密文書へと変わる。
「王太子ユリウス様は、公務を欠席して隠し部屋で蜜蝋封印の私信を読んだ。……それも、誰にも知られてはいけない相手からの手紙を、だ」
俺は口角をわずかに上げた。
現代の諜報技術において、ゴミは宝の山だ。これを『ガーベロジー(ごみ分析)』と呼ぶ。
誰が何を捨て、何を隠そうとしたか。その「欠落」こそが、情報の真実を語る。
「おい、ゴミ漁りの欠陥品。まだそんな汚い真似をしていたのか?」
背後から、鼓膜を震わせる傲慢な声。
振り返ると、そこには豪奢な毛皮を羽織った男が立っていた。
この国の第一王子、ユリウス。そして、かつて俺から婚約者を奪い、この資料室へと追いやった元凶だ。
「……あ、これはユリウス殿下。資料の整理が滞っておりまして……」
俺は瞬時に「無能な書記官」の仮面を被った。
背を丸め、卑屈な笑みを浮かべ、視線を斜め下へ落とす。相手の優越感を刺激し、自分を「無害な背景」として認識させる、スパイの基本動作だ。
「ふん、魔力ゼロの出来損ないには、ゴミの臭いがお似合いだな」
ユリウスが鼻を鳴らし、足元のゴミ袋をわざとらしく蹴り飛ばした。
中から書類の端切れが散らばる。
「……申し訳ございません」
俺は地面に膝をつき、必死にゴミを拾い集めるフリをする。
その間、俺の眼球は、ユリウスの「観測」を止めていなかった。
(呼吸:1分間に22回。平常時より速い。瞳孔:わずかに散大。興奮状態にある、あるいは……薬物の使用か。右手の指先:微かな黄ばみ。煙草ではない。隣国の特定地域でしか使われない魔導触媒の着色剤だ)
プロファイリングは完了した。
ユリウスは今、極度の緊張下にある。そして、表向きは敵対しているはずの隣国と、密かに「魔導兵器の取引」を行っている可能性が87%を超えた。
「お前の婚約者だったフィオナも、今では俺の腕の中で、魔力の無いお前の無能さを笑っているぞ」
ユリウスが俺の頭を軽く踏みつけるようにして笑う。
その言葉に、俺の感情は1ミリも動かない。
感情は、インテリジェンスの精度を鈍らせるノイズでしかないからだ。
「……彼女が幸せなら、何よりです」
「はっ、相変わらず虫唾の走る男だ。おい、行くぞ」
ユリウスは取り巻きを引き連れ、足早に去っていった。
彼らが去った後、俺は立ち上がり、膝についた埃を払う。
その手には、ユリウスが去り際に落とした、あるいは俺が「気づかぬうちに抜き取った」一枚の領収書があった。
王宮御用達の宝飾店。だが、購入されたのはネックレスではなく、特定の成分を含んだ『魔法触媒の安定剤』。
「……詰めが甘いな、殿下」
俺は暗い資料室の奥へ戻り、壁に貼られた複雑な「相関図」に、新しいピンを刺した。
糸は繋がった。
王子の汚職、隣国との密約、そしてこの国の軍部が抱える「闇」。
剣を抜く必要すらない。
あと数通の「匿名の手紙」と、適切な場所への「情報の投下」。
それだけで、この傲慢な王子は、自分が守っていると信じている法と民衆の手によって、奈落へ突き落とされることになる。
「さて。まずは、あの高慢な執事の『借金』から片付けるとするか。ドミノ倒しの最初の一枚には、ちょうどいい」
資料室に、カサリと紙が擦れる音だけが響く。
魔力ゼロの書記官は、今日も誰にも知られぬまま、国の運命を書き換えていく。
勝負は、剣を抜く前に決まっているのだ。
お読みいただき、ありがとうございます。桜庭ユウトです。
剣も魔法も使わない、徹底した「情報戦」の幕開け。
アルスがどのようにして、自分をバカにした者たちを「社会的に抹殺」していくのか……その緻密な工作を、これから余すことなく描いていきます。
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次話、アルスの最初の一手をお見逃しなく。
当面の間は1日3話を投稿予定です。
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