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共犯

作者: 春夏秋冬
掲載日:2026/02/12

よろしくお願いします

死んだ瞬間、何も起きなかった。


光も闇もない。天国も地獄もない。ただ、色のない空間がどこまでも続いている。


「……思ったより地味」


なつは肩をすくめた。


最後の記憶はビルの屋上だ。夜景を背に、スマホの録画ボタンを押した。


「俺が死んだら、どれくらい騒ぐかな」


孤独だったわけじゃない。


むしろ逆だ。


長身で、顔も整っていて、スポーツもできて、空気も読める。クラスの中心にいるのは当たり前。告白も何度もされた。


けれど、何も面白くなかった。


称賛も嫉妬も、全部同じ味がした。


退屈だった。


だから死んだ。


自分が消えたら、世界はどれだけ揺れるのか。それを見たかった。


「ほんと、つまんない死に方」


声がした。


振り向くと、小柄な少女が立っていた。


癖のある黒髪。丸い目。鼻は少し低い。整っているけれど、特別ではない。街で振り返られる顔じゃない。


でも、なつにはなぜか可愛く見えた。


「誰」


「さこ」


「元・人間」


なつの喉がひくりと動く。


雨の日。横断歩道。


自分がふざけて走り出した瞬間。傘を差した少女と目が合った。


ブレーキ音。


血。


沈黙。


「ああ」


さこは、あのときの少女だった。


「私、あなたのせいで死んだ人。正確には間接的にね」


「俺は押してない」


「うん」


「車を運転してたわけでもない」


「うん」


「俺はただ急いだだけだ」


「そうだね」


全部肯定される。


だから逃げられない。


「でも、あなたが走らなかったら、私は止まってた」


なつは目を逸らす。


あのとき、罪悪感は薄かった。


ショックも、恐怖も、思ったほどなかった。


周囲は言った。


「お前のせいじゃない」


その言葉に安心した自分が、少しだけ気持ち悪かった。


「私ね、その前から死ぬつもりだった」


さこは言う。


「トラックが来たら出ようと思ってた。でも、あなたが走ったから一瞬止まった」


その一瞬で位置が変わった。


なつは無事で、さこだけがはねられた。


「だから、あなたはきっかけ。でも私も悪い。運転手も悪い。誰も完全な被害者じゃない」


空間が揺れる。


映像が浮かぶ。


葬儀。


母が泣き崩れている。父は無言。親友が棺を殴る。


「ふざけんなよ……」


SNSは炎上と追悼が入り混じる。


かわいそう。自己中。最低。信じられない。


なつはそれを見つめる。


楽しくない。


胸が重い。


「どう?」


「……つまらない」


「うそ」


図星だった。


痛い。


退屈じゃない。


「あなた、感じないふりしてただけ。私が死んだ時も」


なつは唇を噛む。


感じたら壊れそうだった。


だから薄めた。


退屈という言葉で。


「私ね、あなたのこと前から知ってた」


同じ高校だった。


女子に囲まれて笑うなつを見て、思った。


ああいう人が退屈って言う世界なら、私はいらないな。


その感情が、背中を押した。


だからさこも、なつを少しだけ死に近づけた。


誰も善人じゃない。


「戻れるよ」


さこが言う。


「事故のあとに」


「でも私の記憶は消えない。私の両親は娘を失ったまま」


救済じゃない。


重さを抱えたままの人生。


「それでも戻る?」


消える選択もある。


何も感じず、溶けるだけ。


でも今、胸が痛い。


それは退屈じゃない。


「戻る」


「後悔するよ」


「するだろうな」


「それでも?」


「それでも」


視界が崩れる。


目を開けると病院の天井だった。


事故直後。


腕に擦り傷。隣で母が泣いている。


なつは初めて吐いた。


遅れてやってきた罪悪感が、内臓を掴む。


警察に話した。


弁護士に相談した。


さこの家にも行った。


罵倒された。


当然だ。


許されない。


それでも生きている。


退屈は消えた。


代わりに後悔がある。


数年後。


夜になると、ふと思う。


もし走らなかったら。


もし止まれていたら。


答えはない。


退屈は終わった。


でも、軽くはならない。


それでも生きている。


それが罰で、少しだけ救い。


私は彼を許していない。


でも、憎んでもいない。


私は止まれなかった。


彼は止まれた。


だから、生きてほしい。


幸せになれとは思わない。


忘れてほしくもない。


ただ、重さを抱えたまま歩いてほしい。


それが、私たちの共犯の証だから。


綺麗には終わらない。


それでいい。


それが、生きるってこと。

ありがとうございました

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