共犯
よろしくお願いします
死んだ瞬間、何も起きなかった。
光も闇もない。天国も地獄もない。ただ、色のない空間がどこまでも続いている。
「……思ったより地味」
なつは肩をすくめた。
最後の記憶はビルの屋上だ。夜景を背に、スマホの録画ボタンを押した。
「俺が死んだら、どれくらい騒ぐかな」
孤独だったわけじゃない。
むしろ逆だ。
長身で、顔も整っていて、スポーツもできて、空気も読める。クラスの中心にいるのは当たり前。告白も何度もされた。
けれど、何も面白くなかった。
称賛も嫉妬も、全部同じ味がした。
退屈だった。
だから死んだ。
自分が消えたら、世界はどれだけ揺れるのか。それを見たかった。
「ほんと、つまんない死に方」
声がした。
振り向くと、小柄な少女が立っていた。
癖のある黒髪。丸い目。鼻は少し低い。整っているけれど、特別ではない。街で振り返られる顔じゃない。
でも、なつにはなぜか可愛く見えた。
「誰」
「さこ」
「元・人間」
なつの喉がひくりと動く。
雨の日。横断歩道。
自分がふざけて走り出した瞬間。傘を差した少女と目が合った。
ブレーキ音。
血。
沈黙。
「ああ」
さこは、あのときの少女だった。
「私、あなたのせいで死んだ人。正確には間接的にね」
「俺は押してない」
「うん」
「車を運転してたわけでもない」
「うん」
「俺はただ急いだだけだ」
「そうだね」
全部肯定される。
だから逃げられない。
「でも、あなたが走らなかったら、私は止まってた」
なつは目を逸らす。
あのとき、罪悪感は薄かった。
ショックも、恐怖も、思ったほどなかった。
周囲は言った。
「お前のせいじゃない」
その言葉に安心した自分が、少しだけ気持ち悪かった。
「私ね、その前から死ぬつもりだった」
さこは言う。
「トラックが来たら出ようと思ってた。でも、あなたが走ったから一瞬止まった」
その一瞬で位置が変わった。
なつは無事で、さこだけがはねられた。
「だから、あなたはきっかけ。でも私も悪い。運転手も悪い。誰も完全な被害者じゃない」
空間が揺れる。
映像が浮かぶ。
葬儀。
母が泣き崩れている。父は無言。親友が棺を殴る。
「ふざけんなよ……」
SNSは炎上と追悼が入り混じる。
かわいそう。自己中。最低。信じられない。
なつはそれを見つめる。
楽しくない。
胸が重い。
「どう?」
「……つまらない」
「うそ」
図星だった。
痛い。
退屈じゃない。
「あなた、感じないふりしてただけ。私が死んだ時も」
なつは唇を噛む。
感じたら壊れそうだった。
だから薄めた。
退屈という言葉で。
「私ね、あなたのこと前から知ってた」
同じ高校だった。
女子に囲まれて笑うなつを見て、思った。
ああいう人が退屈って言う世界なら、私はいらないな。
その感情が、背中を押した。
だからさこも、なつを少しだけ死に近づけた。
誰も善人じゃない。
「戻れるよ」
さこが言う。
「事故のあとに」
「でも私の記憶は消えない。私の両親は娘を失ったまま」
救済じゃない。
重さを抱えたままの人生。
「それでも戻る?」
消える選択もある。
何も感じず、溶けるだけ。
でも今、胸が痛い。
それは退屈じゃない。
「戻る」
「後悔するよ」
「するだろうな」
「それでも?」
「それでも」
視界が崩れる。
目を開けると病院の天井だった。
事故直後。
腕に擦り傷。隣で母が泣いている。
なつは初めて吐いた。
遅れてやってきた罪悪感が、内臓を掴む。
警察に話した。
弁護士に相談した。
さこの家にも行った。
罵倒された。
当然だ。
許されない。
それでも生きている。
退屈は消えた。
代わりに後悔がある。
数年後。
夜になると、ふと思う。
もし走らなかったら。
もし止まれていたら。
答えはない。
退屈は終わった。
でも、軽くはならない。
それでも生きている。
それが罰で、少しだけ救い。
私は彼を許していない。
でも、憎んでもいない。
私は止まれなかった。
彼は止まれた。
だから、生きてほしい。
幸せになれとは思わない。
忘れてほしくもない。
ただ、重さを抱えたまま歩いてほしい。
それが、私たちの共犯の証だから。
綺麗には終わらない。
それでいい。
それが、生きるってこと。
ありがとうございました




