言った側は忘れてる
貴族学園の表現、名前の呼び方におかしい点があると思いますがスルーして頂けると嬉しいです。
「マリー嬢、是非私の婚約者になって欲しい。」
「ファウルザー令息…。」
期待のこもった眼差しをマリーに向ける令息に、マリーは冷たい表情をした。
「貴方、昔私に言った事を忘れたの?」
◆◇◆
「本当、嫌な目にあったわ。」
貴族学園の高等部の昼休み。マリー・ウェルダン伯爵令嬢は友人達と共に昼食を食べながら愚痴を聞いて貰っていた。
「大変だったわねマリー。」
「でも、無事に断れて良かったわね。」
小等部からの付き合いであるエレナ・リーム伯爵令嬢と、ヴィーラ・アタリム伯爵令嬢の言葉にマリーは大きく頷いた。
「全くだわ。本当にあり得ない!」
マリーの言葉にエレナとヴィーラだけでなく、高等部で友人となった令嬢達も頷いた。
マリーは先日、ダリウス・ファウルザー伯爵令息に婚約者になって欲しいと告白された。ダリウスは小等部にいた時からマリーの事が好きだったらしい。ダリウスの見た目は整っており家柄も同じ伯爵家だ。はたから見れば何の問題もない話だが、マリーにとっては不快でしかなかった。何故ならダリウスは小等部の頃、マリーに向かって言ってきたのだ。
「…調子こいてんじゃねぇぞ、ブス。」
小等部に入学して暫く経った頃。マリーが同じクラスの令息と話し終わった後にダリウスが急に言ってきたのだ。マリーは生まれてから容姿を褒められた事はあっても侮辱された事がなかった。マリーは昔から言いたい事はハッキリと言う性格だったのだが、ブスと言われた事がとてもショックで呆然としてしまった。ダリウスはその後ふんっ、と言って何処かに行ってしまったのを覚えている。マリーは容姿を侮辱された事が恥ずかしくて、妙なプライドがあったのかエレナとヴィーラに相談する事が出来なかった。ダリウスはその後、直接何かを言ってくる事はなかったがマリーをじっと見てくる事があって気味が悪かった。
中等部になるとダリウスは家の都合で隣国に行ったのでマリーはとても気が楽になった。中等部は平和に過ごし終えた。そして高等部では他の学園からも貴族達が集まり交友関係が増えた。エレナとヴィーラとの友情は変わらないまま、友人が増えた事はとても嬉しかった。しかしダリウスがこの国に戻ってきて高等部に編入してきたのは嫌だった。だがクラスは別で、顔を合わせる事すらなかったのでマリーはダリウスの事を気にする事は無くなっていった。しかし、先日ファウルザー伯爵家から婚約の打診をされてマリーに声がかかり、何の冗談かと思いつつ顔を合わせるとダリウスに告白されたのだった。
「加害者は言った事もやった事も忘れる…ていう言葉を聞いた事があるけれど本当だったわ。」
ダリウスがマリーに言った事を覚えているか聞くと、ダリウスは全く覚えていなかった。マリーが教えると罰が悪そうな顔をした。
「“あの頃はまだ子供で素直になれなかったんだ。マリー嬢の事、本当はとても可愛らしくて一目惚れしてたんだ。だから本心じゃないんだ!”、ですって…笑ってしまうわ。」
「マリー…。」
「ウェルダン嬢…。」
ダリウスの態度と言葉を思い出し、憎々しげに言うマリーをエレナとヴィーラが気遣うようにマリーの名前を呼んだ。
マリーはダリウスの事が大嫌いだ。ブスと言われた事がずっと忘れられなくて、本心でなかったとしてもとても傷ついた。そして自分が言った事を言われるまで思い出せずにいたダリウスがとても憎くなった。マリーはダリウスとの婚約なんて絶対に無理だと言い張った。ダリウスはショックを受けつつも、これからはマリーを大事にすると必死に説得を試みてきた。だがマリーの絶対に譲らない姿勢に同席していた両家の親はこれは無理だ、と判断した。ダリウスは最後まで足掻いていてきて、また日を改めて話したいと言ってきた。
「私、貴方のいない中等部が幸せでした。私を不幸にしたくないならもう2度と話しかけないで下さい。」
マリーがダリウスの存在を否定する言葉を吐くと、顔を真っ青にして項垂れながら帰って行った。どんなに嫌いな相手でも本来ならば言ってはいけない言葉なのかもしれない。けれどここまで言わないと分かって貰えないと思ったのだ。マリーの両親はその事に何も言わず、ただマリーを労ってくれたのだった。
「仕方ないわよ。マリーの気持ちより自分の事ばかりのファウルザー伯爵令息が悪いわ。」
「…エレナの言う通りよ。言った事を忘れるなんて本当に最低。」
「ふふっ、ありがとう2人共。」
エレナとヴィーラの言葉に嬉しそうにマリーは笑った。
「…きっと、もっと良い人がウェルダン嬢の前に現れるわ。」
「…もう、ヴィーラ貴女もでしょう? それと皆もね。良いお相手は見つかったの?」
「私はまだですわ、今は恋より勉強ですもの!」
「私は実は気になる方がいて…」
「えっ!? どなたですの!?」
マリーの話が終わり、マリーと友人達は学業や恋愛の話で盛り上がる。マリーもダリウスの事なんて忘れて笑いあった。
「…そう言えば前から気になってた事があるのですが聞いても宜しいでしょうか?」
友人の一人であるキーニ・ナルト子爵令嬢がマリーとヴィーラの方を見た。
「ん? 何かしら。キーニ嬢。」
マリーが返事をするとキーニは不思議そうな顔をした。
「マリー様とエレナ様とヴィーラ様は小等部の頃からのお付き合いなんですよね?」
「ええ、私達3人は長い付き合いのある友人よ。ね、二人共。」
マリーの言葉にエレナとヴィーラは頷いた。
「そうですよね。それでその、どうしてヴィーラ様はマリー様の事を“ウェルダン嬢”と呼ばれるのかな、と思いまして。」
キーニの言葉にマリー達は目を丸くした。
「マリー様とエレナ様は名前呼びですけれど、ヴィーラ様はエレナ様の事は名前呼びで、マリー様の事は“ウェルダン嬢”と呼んでいらっしゃるのが不思議で…。」
キーニの質問に他の令嬢達も興味を持ったようにマリー達3人を見た。他の令嬢達は伯爵家、子爵家の者達である。令嬢達はまだ付き合いが短い事や家の地位が低いなどの理由で、友人と呼ばれる間柄であってもマリー達3人の事を名前に“様”をつけて呼んでいる。マリー達は伯爵令嬢には名前に“様”を、子爵令嬢には名前に“嬢”をつけて呼んでいる。名前を呼べるのは親しい間柄である証のようなモノであり、表立った場所でなら兎も角、友人同士の集まりならば苗字で呼ぶのは珍しいのだ。
「…そう言えばそうね。ずっとそう呼ばれてたから気にならなかったけど変な話よね。」
マリーが今まで気が付かなかったようにそう言うと、ヴィーラの方を少しムッとしたような顔をして見た。
「…ちょっと、マリー。」
「ねぇヴィーラ、どうしてなの? エレナだけ呼び捨てで私はウェルダン嬢だなんて…なんか他人行儀みたいじゃない!?」
エレナが少し焦ったようにマリーの名前を呼ぶが、マリーは気にせずにヴィーラに拗ねた様子を見せながら言った。
「…はぁ? 何言ってるの。貴女が呼ぶなと言ったんじゃない。」
ヴィーラは冷たい顔をして、苛立ちのこもった声を出した。
「っ、…え?」
マリーは、今まで聞いた事も見た事も無いヴィーラの様子に一瞬固まる。そして、ヴィーラに言われた事が分からずに困惑した。周りの令嬢達も戸惑っており、エレナだけが事情を分かっているかのように静かに見ていた。
「…覚えてないのね。小等部の時にウェルダン嬢に言われたのよ。」
「…小等部の頃?」
マリーを睨みつけるヴィーラの言葉に、マリーは必死に思い出そうとするが分からなかった。マリーはヴィーラに何を言ったというのか…。
「…“ヴィーラに名前で呼ばれると何か腹立つから止めて”、そう言われたのよ。」
「…私もその場にいたから本当よ。マリー、思い出せない?」
「…ぁっ!!」
ヴィーラとエレナの言葉にマリーは思い出した。小等部で2人と出会い数ヶ月後、マリーは2人に言ったのだ。
「ねぇ、私達はもう友達でしょ? だから呼び捨てで呼びましょうよ!」
マリーの言葉に2人は嬉しそうに頷いた。その頃はヴィーラもマリーの事を“マリー”と呼んでくれていた。けれど、その後ダリウスとの事があってマリーは心に余裕がなかったのだと思う。
「ねぇマリー、エレナ。この前私ね、マタール令息に可愛いって褒めて貰えたの!!」
3人一緒にいる時に、ヴィーラが嬉しそうにそう言ってきた。何気ない会話の筈だったけれど、容姿を褒められたヴィーラにマリーはとても苛立ってしまった。その時に…マリーはヴィーラに言ってしまった。
「…名前で呼ぼうって言ったのはマリーなのに急にそんな事を言われてショックだったのよ。怒りよりも疑問よりも、ショックがとても大きかった。取り敢えず当たり障りなくする為に、“ウェルダン嬢”と呼ぶ事にしたのよ。思い出した?」
「…あ、その、わ、私…。」
「私、マリーに嫌われたんだと思った。でもその後は何もなかったかのように笑顔で話しかけてくるし、エレナと3人で問題なく過ごしてきた。ただ私が貴女の呼び方を変えただけだった…本当におかしいわよね。」
ヴィーラの顔は微笑んでいるが目の奥は、マリーを見る目はとても冷たい。令嬢達は何も言えずに息を呑んで事の成り行きを見届けている。エレナはどこか不安そうにヴィーラを見た。
「…ヴィーラ。」
「…ずっと、心の奥に潜んでいたのよ。でも態々事を荒立てたくなかったし、エレナとウェルダン嬢と一緒にいて楽しいのも本当だった。だから別にこのままで良かったのよ。でもね…。」
マリーは顔色を悪くさせながらヴィーラを見つめた。ヴィーラの最後まで言わなかった言葉が何であるのか何となく分かってしまう。マリーがダリウスを憎くなったのと同じ理由、“自分が言った事を忘れていた”事が許せないのだ。
「ほ、本当にごめんなさいヴィーラ!! 私、悪気は無かったの! その、あのねっ…。」
「…別に良いわ。謝ってくれたし、もうこの話はここまでにしましょう。ごめんなさいね、変な空気にしちゃって。」
事情を説明しようとして言葉が詰まってしまうマリーの言葉を遮り、ヴィーラはそう言うと周りの令嬢に軽く頭を下げた。令嬢達はぎこちなく微笑みながらも気にしなくていと頷いた。キーニは自分の質問でこんな空気になるとは思わなかったのか気不味そうに縮こまってしまった。
「…もうすぐ昼休みも終わるわ。そろそろ教室に戻りましょう。」
エレナがそう言うと令嬢達はそれぞれ席を立ち移動し始めた。
「…ね、ねぇヴィーラ!」
「“加害者は言った事もやった事も忘れる”。」
マリーがヴィーラを背中越しに話しかけると、ヴィーラはそう言って振り向いてきた。
「本当にその通りだわ。ねぇ、ウェルダン嬢?」
ヴィーラの言葉に、マリーは何も言えなかった…。
この話は虐め、とまではいきませんが嫌な事を言って相手を傷つけたのにその事を忘れている加害者とその被害者のお話でした。前半の加害者ダリウスは元イジメっ子が婚約者になろうとする、というのと同じです。“好きな娘を虐めてしまう思春期の男の子”というやつですが、それを過去のものとして笑って許すか許せないかは虐められた女の子、この話では被害者のマリーの立場になった人次第ですよね。
そして後半はマリーが加害者でヴィーラが被害者だった回ですが、実はこの話は作者の実話を元ネタにしております 笑 作者は中学の頃転校した先に出会った友人にあだ名で呼んでと言われて呼んでいたのですが、ある日いきなり「作者に呼ばれると何か腹立つからやめて」と言われました。周りの友人は「呼べと言ったのはそっちだよね?」と言ってくれましたが腹立つからと言うだけでした。その時は怒りよりもただショックを受けました。その後苗字にさん付け(◯◯さん)で呼ぶ様になりました。その後は何事もなくその友人とも過ごし、中学を卒業すると高校も同じになりました。高校では偶々委員会が同じになり、委員会の人達と話をしていたら「どうして作者は友人を◯◯さんと呼ぶのか」と聞いてきました。すると友人は何も覚えてなくて「だよねぇ! 何か他人行儀で壁を感じてたんだよねぇ〜」と明るく言ってきました。作者は「何言ってんの、そっちがあだ名で呼ぶなって言ってきたんでしょう。」と言ってその場を凍らせました 笑
とまぁ、そんな事があった作者ですが、作者も覚えていないだけで誰かに酷い事を言ったかもしれません。人間は怖いですね…(-_-;)
長々とあとがきをしてすみません。最後まで読んで頂きありがとうございました!! もしよろしければ評価をよろしくお願いします!




