30超えたら…
街の門に近づくにつれ、人通りが多くなってきた。
魔弾は人にぶつからないように、荷車のスピードを緩めて街に入った。
靴がサンダルで踏ん張りづらいせいか、広場へ着く頃には鼻歌や独り言は無くなっていた。
まだ時刻的には朝なのだろうか、広場には出店や屋台が無かったのですんなりと通り過ぎることができた。
祈りの間が見えてくると、魔弾はあと少しと自分に言い聞かせて奮起した。
倉庫に着いた魔弾が扉を叩くと、カラが中から出てきた。
荷車がこんなに早く届くとは思っていなかったようで、カラはとても驚いているようだった。
「昨日の分です、何か手伝えることがあれば言ってください。」
魔弾は決して格好つけた訳ではなかったが、部活や仕事では根を上げる事が許されなかった環境にいたせいで、疲れているにも関わらず自然と声に出ていた。
「ありがとう、でも今日は終わりで大丈夫。そうだ、これ持って行って。」
カラは布に包まれた何かを、魔弾へ渡した。
「甘くて、疲れが取れるの!食べてみて!」
カラは魔弾に笑顔を向けると、倉庫の中へ去って行った。
ーー今俺に笑いかけなかった?!気のせいじゃないよな??
魔弾は1人盛り上がりながら広場に向かって歩いていたが、遠目に出店や屋台が準備をしている様子が見えたので、少し引き返し祈りの間へ行ってみることにした。
二度目だった事もあり、緊張せずすんなりと中へ入る事ができた。
ホールに着くと2人の女性が祈っていたので、魔弾は邪魔にならないよう端の壁際で跪き静かに目を閉じた。
魔弾は“祈る“を実際どのように行うのかが分からない為、10分程瞑想をして外へ出た。
今回も神の力は見る事ができず、膝をさすりながら残念そうに空を眺めていると疲労感に加え空腹感も感じていることに気づいた。
屋台のソロデビューは色々と不安があったので、魔弾は仁に会いにトリカブトへ向かって歩き出した。
トリカブトに着くと仁はすり鉢で何かを作っていて、店番には相変わらず無愛想な男がいた。
仁は仕事に集中しているようで、大きな声で挨拶するまで気づいていなかったが魔弾に気づくと、笑顔で店頭へ出て来た。
「ダンおはよう!休憩??」
「今日の仕事は終わりみたいです!お昼ご飯まだだったら一緒にどうかなって思って。」
「行く行く!片付けてくるからちょっと待ってて!」
仁が店の奥で支度をしている間、魔弾は店の中を見てまわっていた。
店内では展示商品の全てに説明書きのような板が添えてあり、日本では見たこともない機械的な模様が細かく彫られていた。
もちろん魔弾にはその模様の意味は分からなかったが、店番の男に尋ねるほど気になった訳ではなかったので、読んでる振りをして待ち時間を過ごした。
支度を終えた仁は店番の男に、外出する旨を伝えたが男は仁の言葉に無反応だった。
ーー店主に対してもあんな感じなの?!日本なら絶対クレームですわ。
仁は気にしていない様子だったが、魔弾は若干の苛立ちを覚えた。
広場に着くと、いつも通り2人は席を確保した。
仁が席を立ち屋台へ向かおうとすると、魔弾が右手で静止した。
「ここは私めが…」
魔弾の冗談混じりの話し方に、笑いを堪えながら仁が答える。
「よ…よろしいので?」
意外にもノリの良い仁の反応に吹き出しそうになりながらも、バルから渡された小袋を懐から出し仁に見せつけた。
小袋の中身をテーブルへ出してみると、枝豆くらいの大きさの銀色の粒が4個と同じ大きさの銅色の粒が20個入っていた。
魔弾にとっては仁のように屋台へ行って、酒を持ってテーブルに戻るのが理想だったが、勝手がわからない為、仁について来もらい支払いだけを担当した。
この世界で食事は安く銅3〜5個で買える、しかし酒は一杯で銅20〜50個必要でお菓子も銅30個程度必要なようだ。
魔弾は酒を頼もうとしたが、仁はまだ午後も仕事があるからと丁寧に断った。
魔弾は食事をとりながら数字の読み方を教わり、午後は1人で街を散策することにした。
因みに仁はこの世界の文字を読めるようで、一年ほどで読み書きが出来るようになったそうだ。
レテでは識字率が低いらしく、教われる人も少ない為習得には苦労したとの事。
数字さえ解れば問題なく生活できるらしく、魔弾は文字の読み書きは早々に諦めた。
食事を終えると仁は店へ戻って行ったので、魔弾は広場の出店を見て回った。
敷布団が欲しかったが扱っている出店は見つからず、歩き回るのも疲れたので仁に教えてもらった公衆浴場へ行ってみることにした。
魔弾は勝手に銭湯や温泉のような大浴場をイメージしていたが、実際は浴場というより銅2個でお湯を使って体を洗うことができる部屋という感じだった。
部屋の中心に直径50センチ程の大きな桶があり、中から湧き出るお湯を小さな桶で汲んで使う仕組みのようだ。
勢いで浴場に来てしまったが、仁に石鹸をもらい忘れた上にタオルや替えの下着も忘れた魔弾は、湯で簡単に汗を流しすぐに浴場を出てしまった。
公衆浴場は港の近くにあり、魔弾の宿舎から10分もかからない距離だったので一旦宿舎に戻って休むことにした。
魔弾は宿舎に戻ると、少し疲れたのか寝台に横になって5分もしないうちに眠りについた。
そして気がつくと部屋の中は真っ暗だった、窓の外を見ようと寝台から起き上がった時に筋肉が悲鳴を上げた。
ーーうわっ…久々すぎてきっつー…
魔弾はゆっくりと立ち上がり、筋肉痛を和らげようとストレッチを行った。
ーー今何時くらいだろう?外の松明消えてるし多分真夜中だよな??
真っ暗な部屋の中、ストレッチをしていると宿舎の1階から何やら食べ物のいい匂いがしてきた。
気になって1階へ降りてみると、ミラが従業員の朝食をテーブルに並べていた。
どうやら魔弾は12時間以上寝ていたらしく、思った以上に疲労していたようだ。
配膳を手伝い従業員が揃うのを座って待っていると、バルが2階から降りてきた。
「今日は早く起きれたんだな!冷める前にとっと食った方がうまいぞ。」
そう言ってバルは朝食を頬張り始めた。
魔弾も空腹だった為、すぐさま熱々のスープを口へ運んだ。
食事を終え魔弾は自室で仕事の支度をしていると、バルが小さな布の袋を持って来てくれた。
「昨日ジンが届けに来たんだけど、お前呼んでも起きないから預かっておいたんだよ。ほらこれ。」
小さな袋の中には石鹸が2つ入っていた。
ーーあ〜!!!くれるって言ってた石鹸じゃん!!今日仕事終わったらお礼しに行こう!
宿舎を出た時は筋肉痛で歪んでいた表情も、街の門を過ぎたあたりから痛みに慣れて柔らかくなっていた。
蔵へ着くとすぐに魔弾は自身の作業小屋へ行き、粉挽き機の用意を行った。
ーー今日も早めに終わらせて、港の鐘が鳴るまで広場でまったりしたいな…
魔弾にとっては昨日も同じ作業を行っているので手際も良く、丸太を押しながら出店で買える欲しいものリストを考える余裕すらあった。
昨日同様に作業は4時間程で終わり、バルを大喜びさせた。
バルから街へ戻るついでに、また荷車を倉庫へ運んで欲しいと言われ魔弾も快く引き受けることにした。
ーー港は畑より辛いって言うし、早めに街へ戻って長めの昼休憩で回復しとくか!
魔弾にとって早く街へ戻りたかった理由は他にもあり、街中に人が増えると荷車のスピードが落ちる為、なるべく人の往来が少ないこの時間帯を無駄にしたくないと思ったからだ。
バルは作業が早く終わる事を予想していたのか、すでに荷車の用意はできていてすぐに街へ戻れるように準備していてくれたので、魔弾はすぐに出発する事ができた。
門まではスピードに乗りスムーズに辿り着いたが、門から広場はやはり人の往来がそれなりにあり少しスピードを落とした。
それでも倉庫に着いたのは昨日より早いようで、カラに褒められた事がとても嬉しかったようだ。
「昨日の食べてくれた?」
カラが恥ずかしそうに聞いてきた。
「ごめん、昨日すぐ寝ちゃってまだ食べてないんだ…」
「そう…」
カラは残念そうに俯くと、倉庫の中へ入って行った。
ーー嫌われた…これ絶対嫌われた…何やってんのよ俺……
魔弾はカラの悲しげな表情が忘れられず、広場についても気分が沈んだまま鐘が鳴るのを大人しく待っていた。
本年も宜しくお願いします。




