昼の街
心地よい朝日が窓辺のハンモックに差し込み、魔弾は目を覚ました。
それと同時に、強烈な便意に襲われ急いで1階に降りる。
仁はすでに仕事中のようで、昨日店にいた無愛想な店番の男と話していた。
申し訳ないと思いつつも、押し寄せる便意には抗えず、腹を押さえながら仁に朝の挨拶をした。
仁もすぐに状況を理解し、魔弾をトイレに案内した。
「最初は抵抗あると思うけど、すぐ慣れるから」
そう言って仁が扉を開けると、魔弾は一瞬固まった。
ーーえっ??トイレって壺?!?!?!えっ?ちょっと待って!!これどうやってするの?!?!空気椅子?!?!的外したりしない?!?!
「ごめんね。トイレットペーパーは無いから、ちょっと硬いけどそこにある紙使ってね。」
そう言って仁は店へ消えて行った。
無いものをねだってもしかたない、腹を決めて魔弾は壺に座った。
しばらくして魔弾がトイレから出ると、店の在庫を確認していた仁が振り返った。
「これから祈りに行くんですけど、魔弾くんも一緒にどうです?」
昨夜の話から警戒は完全に解いていた魔弾だが、いざ本拠地へとなると警戒心が戻った。
「自分は...その...何ていうか...それに行っても、大丈夫なんですか?」
何かを読み取ったのか、仁は安心させようと笑顔で答えた。
「大丈夫ですよ!僕なんて助けてもらったくせに、ヤバそうな宗教だなって最初は思ってましたから!」
魔弾は、心のうちを見透かされて恥じると同時に、自身の信仰を貶されたにも関わらずこちらに気を遣わせまいと振る舞う、仁の懐の深さに涙を堪えた。
「自分の中では、仁さんが神です。上司にしたい男ナンバーワン!」
それは魔弾の本心だった。いくら同郷とはいえ、ここまで親切な人間はいるだろうか。魔弾が生きてきた中で、もちろん親切な人もたくさんいたが、それは日本に居るからできる親切であって、仁はその人たちと比較すること自体が失礼だった。
魔弾の言葉に、仁は困惑気味に返した。
「やだなー、大袈裟だよ魔弾くん。もしかして、まだお酒残ってる?」
照れながら、仁は外出の支度を始めた。
店の外へ出ると、仁は昨日の広場に向かって歩き出した。
太陽の下で見る街は、とても活気があり道行く人々は笑顔で溢れていた。
魔弾が一つ気になったことは、街には若い女性が多く、すれ違う人々に男性はごく僅かしかいなかった。
広場を抜けて少し歩くと、大きく頑丈そうな建物が現れた。周辺の建物が個人宅や商店であろう小さな建物ばかりのためか、それは一際目立っていた。
仁はまるで実家に帰るような素振りで、建物に入って行った。その後ろを、泥棒のようにソワソワしながらついて行く魔弾は、遠目に見ても怪しい存在だった。
中に入ると短い廊下があり、その先は少し広いホールになっていた。
天井はドーム状になっていて、窓も高い位置にあるせいかホールは明るく、差し込む光が神秘的な雰囲気を醸し出していた。
ホールには女性が三人跪いて祈っていた。
仁が壁際に跪いて祈り始めると、魔弾も見よう見まねで仁の横に跪き祈り始める。
静かに祈っている最中、魔弾は何度も薄目を開けてまだかまだかと仁を確認する。
30分程経ったあたりで膝が限界に達すると、魔弾は静かに立ち上がり出口に向かった。
膝下の感覚が鈍くなり壁に手をつきながら外へ出た魔弾は、すぐに腰を下ろせる場所を見つけた。
道ゆく人々を眺めながら、足を摩っていると仁が建物から出てきて魔弾に声を掛ける。
「待たせちゃってごめんね!足大丈夫?」
「30分くらいで足が限界でした、仁さん足大丈夫なんですか?!」
魔弾はあまりにも普通に歩いて出て来た仁に驚きを隠せなかった。
「僕は毎日1時間くらい祈ってるから大丈夫だよ、最初のうちは10分も祈れなかったんだけど慣れってすごいよねー!」
そう言って仁は、魔弾に水の入った革袋を渡した。
渡された水を飲み、魔弾はゆっくりと立ち上がった。まだ足に違和感はあるが、歩けない程ではない。
二人は広場に向かってゆっくり歩き出した。
行きと同様、すれ違う人々は女性ばかりで、子供も多いが男性はいなかった。
不思議に思った魔弾は仁に訊ねた。
「この街って女性が多いんですね、男性って少ないんですか?」
「日中、男はみんな仕事してるから街ではあんまり見かけないんだよね。じゃあ女性は働いてないのかっていうとそうでもなくて、当番制で子供たちの面倒を見たり祈りの間の手伝いが仕事だったりで、男女で役割分担してるみたいなんだよ。」
仁は話しているうちに、昨夜の話を思い出した。
「魔弾くんは仕事するならがっつり稼ぎたい感じ?」
魔弾は即答した。
「がっつり希望です!多少きつくてもOKです!」
「じゃあ港の手伝いはどうかな?賄い付きで日給で考えると給料も高めなんだけど、船自体が往復に大体1週間かかるから船出ちゃうとやることないんだよね。僕はとにかくお金欲しかったから祈りの間と港の掛け持ちだったんだけど、魔弾くんも掛け持ちする?祈りの間なら大部屋だけど寝床貸して貰えるし、農家の手伝いも確か個室の部屋貸してくれるよ?」
魔弾は少し考えた、実は先程祈りの間で祈っていた時、都合よく怪我人が現れて神の力を見ることが出来るのではないかと期待していたが、実際はなにも起こらず神の力は見ることが出来なかった。祈りの間で働けばこの先チャンスはあるかもしれないが、大部屋と個室なら個室一択。しかし、仁が毎日1時間も祈りを捧げる程の力を見てみたい気持ちも捨て難い。
迷っている魔弾を見て仁は言った。
「農家は朝早くて力仕事も多いからきついけど、港の次に給料はいいかな。」
「自分、港と農家の掛け持ちで行こうと思います!」
給料が魔弾にとって決定打になったようだ。
計画の大筋が決まったところで、二人は昼食を取ることにした。
広場に着くと、昨夜見た屋台の他にもたくさんの出店があり、食材や雑貨などが売られていた。
昼時もあってか、テーブルは混雑しており歩きながら食べることに。
焼いた肉と果物を薄皮のパンで挟んだサンドイッチのような食べ物を買い、頬張りながら二人は港に向かった。
港に着くと魔弾は少し不安を覚えた。
木造の波止場は階段が多く、荷物を担いでいなくても何度も往復するにはかなり辛そうに見える。
運動不足と言っていた仁が働けたのなら、自分なら大丈夫だろうと軽く考えていた自身の愚かさに嘆いた。
仁は魔弾を港の責任者に紹介しようと、埠頭の一角にある木造二階建ての事務所に連れて行った。
建物に入ると、書類を読んでいた男が振り返る。
「ジンじゃねーか!船は明後日だぞ?」
驚いたと同時に、魔弾は何かを思い出し掛けていた。
ーーん?ジン???




