同郷の男JIN
三人は無言で獣道を進んでいた。歩きながらも、魔弾はあの火炎放射を放つペンライトが気になって仕方がなかった。異世界といえば剣と魔法が定番だ。そして魔法使いといえば木製の杖──そんなイメージが強い。しかし、あのペンライトはどう見ても杖ではない。どちらかといえば中世よりも未来の世界に近いのではないか、と魔弾は考えていた。
ーー空飛ぶ車だったりして。
しかし雑木林を抜けたところで、その想像はあっさり打ち砕かれた。まず、目の前にあったのは道路ではなくあぜ道だったこと。そして車は荷車で、その荷車を引くのはヤギのような動物。よく見ると口から二本の牙が飛び出し、四本の足は蹄ではなく鋭い爪で地面を掴んでいる。涎を垂らしながらサキを見つめるその様子は、飢えた肉食獣そのものだった。
三人は荷物を積み終えると、すぐに荷台へ乗り込んだ。ゴウは荷台前方の出っ張りに座り、魔弾とサキは左右に向かい合って腰を下ろした。サキと軽くお礼を言い合ってから、かれこれ一時間近く、三人は無言のままだった。
荷車の揺れと沈黙が心地よく、魔弾はウトウトしながら考える。
ーー目が覚めたら現実に戻ってたりして。
少しして肩を叩かれ、魔弾は飛び起きるように目を覚ました。うたた寝のつもりが、すでに日が沈み始めている。どうやら街に着いたらしく、大きな門の前にいた。ゴウは荷車から降り、門番と会話しているようだった。
魔弾はパン一姿を恥じ、荷台に置いてあった布で慌てて体を隠した。やがてゴウが戻ってきたが、特に怪しまれた様子もなく、そのまま荷台に乗り込み門の中へと進んでいった。
門の中では石造りの建物が立ち並んでいた。石造りといえば海外の洒落た建物を想像しがちだが、ここでは大きさも形もバラバラの石を積み上げ、隙間を粘土で固めたような荒削りの建物ばかりだった。街灯らしいものはないが、至る所に焚き火や松明があり、夜でもそれなりに明るいのだろう。
ーー木造だったら火事が大変だもんな……。
感心していた魔弾だが、突然我に返った。
ーー街に来たはいいけど、文無しでパン一とかどうすればいいの?!夜通し焚き火の前で待機?その後どうすんの?!
魔弾の不安をよそに荷車はゆっくり止まり、解散への恐怖が高まる。荷台から降りたゴウが、サキに眼球の包まれた布を渡して言った。
「トリカブトで売ってきてくれ」
魔弾は即座に食いついた。
「一緒に行っていいですか?」
サキは驚きながら返事をした。
「えっ?…はい」
名前からして日本人がつけたのではと思えたし、たとえ違っても何か情報が得られるかもしれない──魔弾は期待した。布をバスタオルのように巻き、魔弾は荷車を降りた。
ゴウは荷物を下ろし始めている。それを見て「行ってきます」と一礼し、魔弾は急ぎ足でサキに追いついた。
トリカブトは荷車から降りて五軒ほど先の建物だった。中に入ると、一人の若い男が本を読みながら店番をしていた。
「こんばんは」
魔弾の挨拶が小さな店内に響き渡ったが、男は一瞬魔弾を見るだけで返事をせずに読書に戻った。
ーー無視?!なんで?!夕方だから合ってるよね?!
驚いた魔弾は助けを求めるようにサキを見るが、サキは気づいていないようだ。その時、店の奥から中年の男が勢いよく飛び出してきた。
「こんばんは!」
そう言って男は魔弾との距離を詰める。魔弾は驚きながらも挨拶を返した。
次の瞬間、男は一人で一気に喋り始めた。
「もしかして日本人だったりします? 僕は藤原仁!読みはヒトシなんだけど、ここではジンって名乗ってるんですよ!」
魔弾も男のテンションにつられた。
「日本人です!自分は是崎魔弾です!巣鴨在住の会社員で、営業職です!」
「巣鴨って東京の?!僕はここ来る前は横浜に住んでたんですよ!職場も横浜でね、植物の研究してたんです!」
盛り上がる二人を尻目に、サキは店番の若者へ布に包んだ眼球を見せ、査定額を確認していた。
話はさらに盛り上がる。
「是崎くん、良かったらこのあと一杯どうです?」
魔弾は恥ずかしそうに答えた。
「実は今日こっちに来たばかりで、文無しな上にパン一なんですよ……」
「そんなの気にしないでください!同郷なんだから、頼ってくださいよ!」
「藤原さん…ありがとうございます…」
「ちょっと待っててくださいね!」
そう言って仁は奥へ消えた。
魔弾は“トリカブト”という店名から、経営者は日本人で、もしかしたら助けてくれるのではと期待していた。しかし、同郷に会えたことを純粋に喜ぶ仁を見て、自分が邪な期待を抱いた事に後悔した。
一方、買取を終えたサキは、魔弾と仁の異様な盛り上がりに帰るに帰れず困っていた。
五分ほどして、仁が服と履き物を持って戻ってきた。
「これが一番大きいサイズ。是崎くんには小さいかもしれないけど、いいかな?」
「ありがとうございます!今すぐ着てもいいですか?」
仁が渡した服は伸びない素材らしく肩がきつく、ズボンもしゃがんだら破れそうなほどパンパンだったが、魔弾はまるで鋼鉄の鎧を着たかのような安心感を覚えた。
幸せそうに目を閉じる魔弾を見て、仁も嬉しそうに微笑む。
ひと段落した隙を見て、サキはそっと店を出た。魔弾も「お礼しなければいけない人がいるんです。済ませたら戻ります!」と伝え、サキの後に続いた。
帰り道、サキが一言だけ言った。
「よかったね」
魔弾は嬉しそうに「はい!」と答えた。
先ほどの場所に戻ると、荷車はすでになくなっていた。建物の中はこぢんまりしていて、家具は必要最低限。そこでゴウがナイフの手入れをしていた。
魔弾は横に立ち、改めて頭を下げる。
「今日は何度も助けていただき、ありがとうございました。今は何も返せませんが、必ずお返しします。本当にありがとうございました」
「アイツの駆除が俺たちの役目だ。気にするな。俺もあんたに助けられたし、感謝してる」
半日共にしたが、柔らかい表情のゴウを見るのは初めてだった。会話が途切れ気まずくなった魔弾は「それでは、また」と言って出ようとした。その時、ゴウが言った。
「またな」
魔弾がトリカブトへ戻ると、店の前で仁が待っていた。
「じゃあ行きましょうか!」
仁の先導で街の広場へ向かう。大きなキャンプファイアが焚かれ、周囲には石の椅子とテーブルが並び、屋台が七軒。かなり賑わっている。
仁は席を確保し「適当に頼んでくるね!」と屋台へ向かった。魔弾は大きな火を眺め、幻想的なムードを楽しむ。
しばらくしてコップを二つ持った仁が戻ってきた。つまみは出来次第持って来てくれるらしい。二人はコップを掲げ、出会いに乾杯した。
「ところで、是崎くんの名前ってどういう漢字?」
仁はそれが気になっていたようだ。
「是正の“是”に長崎の“崎”、魔法の“魔”に弾丸の“弾”で“是崎魔弾”です。就活の時、九割は名前について質問されましたね」
ゴウやサキに名前の話題を振られることがなかったので、魔弾はちょっと嬉しそうに答えた。
「魔弾のフリッツ思い出すなぁ!お父さん、野球好きだったりする?」
「そうなんですよ!父が野球好きで、“魔弾のフリッツ”が大好きで名付けたみたいです。でも普通フリッツの方じゃないですか?」
魔弾が楽しそうに語っていると、そこへ串焼きが運ばれてきた。魔弾は熱々の串焼きを頬張りながら、これまでの出来事を仁に話した。仁は街の外に出たことがないらしく、熊との盛りに盛った激闘話を食い入るように聞いていた。
話が一段落すると、仁が聞いた。
「なんで川にいたの?」
魔弾は小声で答えた。
「自分が思うに、川が異世界の入り口なんじゃないかって」
「えっ?!でも僕は川じゃなくて道端に転がってたらしいよ。しかも瀕死で」仁は続ける。
「魔弾くんは来る前のこと覚えてる?僕は割と覚えてて。大晦日に歩道で信号待ちしてたら、車が突っ込んできて……吹っ飛ばされて地面に叩きつけられた感じで、すごい出血してて。“あぁ、死ぬんだな”って思ったんだよね。意識が遠のくのが怖くて必死に瞬きしてたら、アスファルトだったはずが土っぽいところにいて、サンダル履いた人達が集まってきて……“アレ?”って思った」
魔弾も来る前のことは覚えていた。ただただ高熱で息が苦しく、辛かったという程度だ。仁の壮絶な体験に言葉を失う魔弾だったが、一つの疑問が浮かんだ。この世界に交通事故に遭った瀕死の人間を救える施設などあるのか?好奇心が抑えられず訊ねた。
「どうやって助かったんです?」
すると仁は少し間を置き、こう言った。
「魔弾くんは、神様とか信じる?」
ーー宗教キター!!!!




