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温厚な苛立ち

街の門に着くと、仁は今夜も忙しくなると言って店へ戻ってしまった。

今日、二人で体験した興奮をつまみに飲みに行こうと思っていた魔弾は、一人寂しく宿舎へ戻る事になった。

部屋に戻った後もしばらく興奮は収まらず、魔弾は一旦公衆浴場で汗を流すことにした。

「ようダン!残念だな、明日はディーに会えないぞ。」

汗を流していた港の仕事仲間が、揶揄うように話しかけてきた。

ディーとは魔弾が推しているヤギである。

ビギナーズラックで勝ったのもディーのおかげだ。


初めて経験したヤギレースの後日、農場の斜向かいにある牧場を通った時、涎を垂らしながら牙を剥き出し近付いてきたヤギが魔弾の目に入った。

少し恐怖を感じた魔弾が立ち止まってヤギを注視していると、飼育員と思われる男が近づいてきて話しかけてきた。

「ディーはサキとゴウ以外に興味を示さないんだが、珍しいな。」

「そうなんですか?」

魔弾も何故自分に興味を示しているのか分からずいた。

「だから、借りてもその二人しかいなくてね。レースで勝ってもらうしかないんだけど、気分屋で困ってるんだよ。」

そう言いながらも、男は愛おしそうにヤギの背を撫でた。

「もしかして二人と一緒にいた時に荷車を引いてたヤギですかね?」

もしかして、と思っていたが印象的なあの口元を見て記憶が蘇って来た。

「あぁ、そうかもな。それであんたを気にしてたのか。」

魔弾は、農場の帰りに荷車を少し停めて、ディーを少し見てから街に戻るようになった。

段々と愛着が湧き、遂にはレースで必ずディーに賭けるようになっていったのだ。


「次のレースまでに化け物滅んでくれないかな…」

魔弾が呟くと男も笑いながら同意した。

「化け物出たんじゃ仕方ねーからな、まぁそんな気を落とすなよ。」

魔弾の興奮は完全に収まってしまった。

夕食も買わずに、宿舎に帰った魔弾はまるで希望を失ったかのような表情で寝台に寝転がった。

天井を見つめていると、急に両親の顔を見たいと思ってしまった。

一日で色々と体験した事により、恐怖、喜び、期待、悲しみが入り混じり自分では制御しきれない程の涙が溢れてきた。

ーーあぁ、俺やっぱ寂しいのか。父さんと母さん元気してるかな?

目を瞑り両親を思いながら、魔弾は眠りに落ちていた。

夜明け前、空腹と同時に目が覚めた魔弾はいつも通り一階に降りて、配膳を手伝った後食事を摂った。

昨日と違って柵の安全性を目にして安心した魔弾は、農場へ向かって行った。

ーーレースは無いから、牧場にいるかな?

粉挽きをしながらも、そんな事を考えられる程に精神力も回復していた。

街へ戻る途中に、牧場で少しディーを眺め、また荷車を引いて街へ戻る。

ーー触らせてはくれないけど、手の届く位置まで来てくれるあのツンデレっぽいところがまた可愛いのよな…

昨晩の涙は完全に忘れ去られ、幸せな表情でカラの元へと荷車を届けた。

ーー今日も少し長めに祈っていこうかな。

レースが無い日はキオのところで雑用の手伝いをしているが、今日はどうしようかと考えていた所に祈りの間から出てきた仁と会った。

「あれ?ジン今日の祈り遅くない?」

「実はさっき起きたばっかりでさ、ダンもうお昼食べた?」

「まだ食べてない!祈り終わったら、広場行くよ!」

「OK!じゃあ先に行って買っておくわ!」

会話を終えた魔弾は、祈りの間へ入ると跪いて祈り始めた。

ーーやっぱり今日も人が多いな…

魔弾はしばらく祈った後、仁と待ち合わせしている広場へ向かった。

広場へ着くと、仁が魔弾を見つけ大きく手を振った。

「こっちこっち!」

すでにテーブルには食事が用意されており、仁が何やら落ち着かない様子で座っていた。

魔弾が席に座ると同時に、仁が話し出した。

「ちょっと聞いてよ!タキリ様ありえないんですけどぉ!昨日帰りに二人で色々話してたアイデア言ってみたらさ、レテじゃ無理って即答だったんですけど!」

仁の話は、魔弾の相槌を挟ませない勢いで続く。

「まずあの金属、レテじゃ加工できる職人が居ないって。んで、大陸で加工するにもお金かかるって言うわけよ。じゃあお金払えないのか?って聞いたらさ、そもそも駆除人の給料ってかなり高いらしいの!んでさ、大陸から支給されてる手当とヤギレースの儲けを、駆除人の給料で払ってるわけだから、武器が欲しけりゃ自分たちでやってくれって。これってどう思う?!」

ーー俺の推し活が駆除人の役に立ってるのってなんか嬉しいけど…

「え、あれ支給された武器なのかと思ってたわ。駆除人ってお金持ってるのに何でナイフなの?逆に謎が深まったけど…」

「そう言われると、確かにそうかぁ。ごめん俺一方的すぎた。ちょっと冷静になれた、ありがとう。」

普段温厚な仁が冷静さを失うほど腹が立ったのは、きっと相当嫌味な言い方をされたのであろうと魔弾には容易に想像がついた。

「それでさ、俺ちょっと腹が立ってじゃあ自分がやってみるんであの金属使っていいか?って聞いたらさ、金属使うのは構わないけど毒の生成は手を抜くなとか言われてさ。は?俺がいつ手を抜いたよ?」

一度収まりかけた怒りに、再度火がついたようだ。

「まぁまぁ、俺もできる事があるなら手伝うから一旦落ち着いてさ…」

「ありがとう、マジでごめん。昨日すごい腹立って、苛々しすぎて仕事めちゃくちゃ捗ったわ。逆に感謝。ありがとよ、タキリ様。」

突然の感謝に魔弾は吹き出し、それを見た仁の表情も普段通りに戻っていた。

ーーあぁ…バルがすごく嫌ってたから、あんまり良いイメージ無かったけど、これで確定だわタキリ様。

「ところで今日は、見張り小屋に納品しに行くの?行くなら俺も行きたいんだけど。」

「今日はヤギレース行かないの?」

仁はヤギレースが中止になった事を知らないようで、不思議そうに魔弾に確認した。

「今日のレース中止なんだって。だから午後は特にやること無いんだよね。」

「そうなの?じゃあ見張り小屋に一緒に行こうか。昨日ほど届ける物も無いから、手荷物だけで行ける。」

「いい?じゃあ食べ終わったら行きますか!ちょっと、思いついた事あってさ。」

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